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【遠くで暮らす、両親のこと】マンガと両親

*【遠くに暮らす、両親のこと(高齢者の環境/医療/介護)】
日本の地方の街に住む70代の両親にやってきた老後。遠い国(イギリス)に住む私に何ができるのか? これから両親のこと、高齢者を取り巻く環境や医療、介護のことについて考えながら書いていきたいと思います。

私が子供だったころ、父が本をたくさん読んでいた記憶はないが、子どもの目から見ても母はものすごい活字好き、本好きだった。実家はやたらと本棚が多い家だったが、どこの棚もギッチギチに本が突っ込まれていた。

母の読書はかなりの乱読で、しいていえば小説が多かったが雑誌もかなり読んでいた。当時、近所の雑貨屋さんが洗剤、ごみ袋などの日常消耗品を配達してくれていたのだが、お店には雑誌も売っていて、定期購読すると一緒に配達してくれた。トイレットペーパーと一緒に雑貨屋のおじさんが運んでくれる雑誌は私の楽しみでもあり、私は毎月「小学●年生」や学研の「かがく」「学習」を読み終えると、母の雑誌を物色していた。おかげで私は小学生の時から「クロワッサン」とか「暮らしの手帖」を愛読するシブイ子どもになってしまった。「背中のツボ」とか「家電の構造」とかにやたらと詳しかったからだろう、学校の先生に「あなたは発想がオバサンぽい」(←今ならこんな発言もNGなのでしょう…きっと)とよく言われたものだった。

そんな母の活字にまみれた人生で、ポロっと抜け落ちていたのが「マンガ」だった。

我が家には昔から「サザエさん」だけは全巻揃っていたけれど、母には他のマンガを読む習慣なかった。私がお小遣いで調達する「りぼん」や「マーガレット」等のマンガ雑誌を愛読するのを止めはしなかったものの、まあまあ冷ややかな目で見ていたように思う。

私が小3ぐらいから徐々に視力が低下(近視)し始めたころ「マンガばっかり読んでるからよ!」と散々叱られた記憶は鮮明だ。父もマンガを読まないから、両親揃って「マンガのせいだ」と私とマンガを攻めまくり。

マンガだけじゃなくて、他の本も読んでたのにね…(笑)。

===

さてそんな両親なのだが、実は今、2人ともほぼ毎日マンガを読む生活をしている。人生とは本当に何が起こるのか分からないものだ。

先にマンガに開眼したのは母だった。そうさせたのは…散々「マンガばっかり読んで!」と叱られていたこの私である。

きっかけはこの作品。

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20年ちかく前のことだ。何気なく「るきさん」(高野文子・作)を見せながら「このマンガ、すごいのよ」「ふか~い哲学がある」みたいなことを母に言ったところ、その時母は何を思ったのか素直に手に取って読み始めた。

そして数時間後、かなり真顔で「このマンガはスゴイ!」「感激した」を連発し、しまいには「マンガってスゴイ!」とまで言い出したので笑ってしまった。

つい数時間前までマンガに興味なかったよねえ…(笑)。

その後、母はマンガ街道を驀進することになる。活字全般への愛もそのままに、マンガ愛も爆発した。新聞の書評や「ダ・ヴィンチ」を参考にせっせと本屋に通ってはマンガ修行に励み、立派な「マンガ読み」に成長。今私がロンドンで所有するマンガ本の99%は、先に母が読んだ後に送られてきた「母の中古本」である。

近年私が愛読している「3月のライオン」も「重版出来」も「かくかくしかじか」も、最初に情報をキャッチしたのは母だった。

そんな風にたった1冊で母はマンガに目覚めたのだが、父がマンガと出会ったのはもっとずっと後になってからだ。

父は仕事を引退した後、モーゼンと本を読み始めた。若いころはそこそこの読書家だったと後で聞いたが、現役時代はあまりに時間がなかったのだろう。今まで読めなかった分を取り返すように、小説を中心にザクザク読書に励む生活を始めた。読み終わるとロンドンによく送ってくれたので、同じ本の感想を父と電話で話すのは楽しかったし、そんな話をすることそのものが新鮮だった。

父がマンガを読み始めたのは約2年前。きっかけは糖尿病の合併症・硝子体網膜症よる左目の失明だった。

激痛を伴う手術を4回もしたのち、結局父は左目を失明してしまった。左目の状況が深刻になり、失明に至るまでの1年間、父はもちろん家族も全員辛かった。

「おだやかな老後を過ごしたい」と願う1老人の希望がなぜ叶えられないのか? ここで視力を奪うことが御心(=神の意思)とは思えない。何とか直してください。お願いします。

私はそんな叫びのような、ひたすらお願いするだけの祈りを毎日していたのだが、残念がながら失明してしまった。

神と私の関係が父の失明によって崩れることはないのだが、父の左目について考えるとき、私と家族の切なる願いが届かなかったことも思い出す。この点において「なぜ神様は治してくれなかったのだろう」と、鈍い疑問が今も胸をよぎる。

…ちょっと話がそれたが、閑話休題。マンガの話。

左目の視力を失った後、実は右目の調子も悪いという。視力も落ち、もやがかかったような視界しかない。眼鏡をかけても細かい字をはっきり見るのが難しいため、あんなに夢中で読んでいた本を読めなくなってしまった。

片目と共に、読書の楽しみも奪われた父。本当に可哀そうだった。

そんなとき、マンガを進めたのは母だった。

「マンガの方が、片目でも読みやすいのではないか?」

低下した視力と片目で絵や吹き出しをうまく見られるか?と思ったが、父が試したところ「マンガの方が読みやすい」という。拡大鏡を掛けるのが前提だが、絵と目の位置のバランスを取ることでちゃんと絵も見えるし、物語も頭に入ってくるのだそうだ。

70後半になって(ようやく)マンガデビューした父。

居間の窓際が父の定位置。実家でもっとも明るい場所だからだ。太陽の光がさんさんと入る昼間、少しだけマンガを読む生活を送っている。本の楽しみを奪われずに済んだのは、昔あんなに攻めまくった(そして興味のなかった)マンガのおかげだった。

父は将棋好きなので棋士が主人公のマンガ「3月のライオン」を勧めたものの、絵が馴染まなかったようでダメだった。でも少年画報社の「思い出食堂」シリーズや

昭和の名作「フイチンさん」「ボッコちゃん」の作者・上田としこを描く「フイチン再見!」(村上もとか・作)

「深夜食堂」(安倍夜郎・作)

等、気に入ったマンガも少しずつ増え、ゆっくりゆっくり読んでいる。

この「フイチン再見」は私も大好きだ。このマンガをきっかけに、父が戦争中に疎開していたころの話を聞いたりもした。今まで聞いたことがなかった話だ。

父は長い距離をもう歩けないし、本屋さんで本を探す体力がない。だからマンガを買いに行くのはもっぱら母。しかし母も昨年ガンになり、治療の日々を送っている。以前ほどマメに本屋に行けないし、長時間本屋を物色するのは大変だそうだ。でも「本も本屋も好きだから」と、元気なときは時々行っている。父と一緒に読めそうなマンガを探し、2人が読み終わるとロンドンに送ってくれるので、私も同じマンガを読んでいる。

長い時間を掛けて、みんなで同じマンガを読む― そんな日々を迎えている。
この日々が、長く続きますように。そう祈りつつ、今日もマンガを読んでいる。

===

Top photo by Breather

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