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【遠くで暮らす、両親のこと】デジタル機器と両親 by hanako

*【遠くに暮らす、両親のこと(高齢者の環境/医療/介護)】
日本の地方の街に住む70代の両親にやってきた老後。遠い国(イギリス)に住む私に何ができるのか? これから両親のこと、高齢者を取り巻く環境や医療、介護のことについて考えながら書いていきたいと思います。

両親の具合が良くない。

父は30年以上糖尿病で、ずっと食事制限などでインスリンを打たずに頑張ってきた。しかしとうとう先月からインスリンを自宅注射することになった。

糖尿病の合併症による網膜症、皮膚のかゆみ、末端の冷え、呂律がまわらない等、症状は枚挙にいとまがない。先日「頭がどうにもハッキリしない」と訴え、MRIを撮影したところ海馬の萎縮も見られた。つまりアルツハイマーの症状もでてきている。

母の具合も良くない。昨年の肺ガンの手術からそろそろ10カ月。息が苦しく、強い倦怠感があるが、母には父のサポートという日々の仕事がある。父は片目が失明し、残された右目の調子も良くない。日々の生活、食事、行動、注射、すべて母のサポートがないと難しい。

2人共体力がどんどん落ちているのは話しているだけで分かる。毎週何らかの病院通いがあるが、病気を治すために病院に行くのに、1回1回の通院が体の負担になっている。最近は横になっている時間も多い様子だ。

昨年まで、親の老後はゆっくりと進んでいたように感じていた。しかしこの1年の進みようが早すぎる。こんな早いスピードで進行していくのか…?とショックを受けている。

今年は昨年以上に小まめに日本に帰国してできる限りのサポートをしようと思っている。とはいえ仕事も拠点もロンドンにあるので、ずっと実家にいられるわけではない。ロンドンにいるときは、毎日LINEや電話で連絡を取っているのだが…。ここからが今回の本題。親と通信機器、具体的にはタブレットとの関係だ。

タブレットを実家に導入したのは私だ。4年前、近所の家電量販店に連れていき、嫌がる両親にかなり無理やり押し付けた。理由はLINEを使ってほしかったからだ。

そのときは「今LINEを憶えておけば、今後の連絡に役に立つだろう」ぐらいの軽い気持ちだった。「新しい機械なんて覚えたくない」と2人共必死に抵抗していたが、ほぼ毎日、パソコンでオンライン対戦型将棋をやっていた将棋好きの父に「タブレットの方が持ち歩けるし、将棋するのも楽だよ」と説得した。

父はまずタブレットでの将棋対戦法を覚え、その後LINEのやり方、ニュースサイトで天気予報を見たり、Tverを見たりする方法も覚えていった。タブレットを覚えると同時にそれまで使っていたパソコンをまったく使わなくなった。パソコンでやっていたことがすべて手元で出来るのでその方が楽だと思ったようだ。

母は現在のところLINEのみ使用している。私がLINE経由でリンクを送ると勝手にYoutubeやブラウザは立ち上がってくれるので時々動画やニュースサイトも見ているが、自分で検索したりはできない。メールはいまだに老人用ガラケー携帯愛用派だ。

ずっと初心者のままだが、まあまあ便利に2人とのコミュニケーションの役に立ってくれているのでありがたい。次回帰国時は両親にタブレットを1つずつ持ってもらい、目の悪い父にはさらに大きな画面のものにしようかなあと思案中なのだが、「役に立っている」のはタブレットがうまく起動してくれているとき限定、という問題はある。機械だから、ちゃんと動いてくれないこともあるからだ。

通常起動しなくなると…それは「大事件」だ。

両親はすでにネットに接続されて動く状態のものを「はい」と手渡され、いじっているだけ。「タブレットがWifiに繋がっているので、通信ができる」という概念がない。なので何か少しでも不具合が発生し、思った通りの動きをしないと

「LINEができない!」
「将棋ができない!」
「困った!」

と、必死さだけは伝わってくるメールを携帯から送ってくる。

メールだけでは「Lineアプリが不具合を起こしているのか」「Wifi接続が切れてしまっただけなのか」「将棋アプリが起動しなくなったのか」全然分からない。

そして遠隔で直すことの難しさには毎回泣けてくる(涙)。

ほとんどの場合タブレットのWifiが切れているだけのことが多いが、そのことを確認するのも毎回難儀している。

「Wifi接続が切れちゃってるんじゃないの? Wifi接続のアイコン、ちゃんと表示されてる?」

そんなこと言っても、両親はちんぷんかんぷんだ。どこで何を見て確認したらいいのか? Wifiって何?というところから説明しなくてはならず(何度も説明済みだが、理解できていないのか、すぐに忘れるのかは不明)、アイコンって何? どこの何を見ればいいの? と大騒ぎ。

最近は「タブレットの右上、電池マークの横に扇みたいなマーク(Wifi接続のアイコン)が見える?」という聞き方にしているが、これでも1発では分からないことも多い。

Wifiアイコンが表示されているのに「そんなのない」と言うこともあれば、父の目の調子が悪くて良く見えないこともある。

Wifiさえ繋がれば、遠隔ソフトを使用して両親のタブレットの中を見ることが可能だ。しかし、Wifiが切れてしまった場合、まずは電話口からアレコレ指示し、何とか両親がタブレットを操作してWifiに再接続するしかない。

これが毎回本当に大変。

両親にはデジタル機器に対する「勘」のようなものがないから、私たちが「誰に教えてもらったわけでもないのに、何となくできること」1つ1つが新情報だ。加え、デジタル用語もあまり知らない。例えば「スワイプする」を電話口で何と言って説明したらいいのか?

「画面に指を軽く置いて、そのまますーっと右になぞってみて」

と言ってみる。うまくできないときもある。スワイプしすぎて全く別の画面になってしまい、さらなる混乱に繋がることもある。

Wifiパスワードを入れなおすのに1時間以上掛かるときもある。文字には半角と全角がある。通常LINEをする場合、日本語の全角設定になっているが、それを英数設定に変えるところからやらなくてはならない。

そのうち両親も疲れてきて、

「もういいよ。ハナコが次に帰国するまで待ってるから。タブレット使わないから

と言い始める。ロンドンから毎週帰国できるわけはない。だからこそ便利なデジタルツールで小まめに連絡を取りたいのに、親の方が諦めてしまうのだ。でもそれでは困るので、毎回「もうちょっとでできるから」と励まし、何とか直している。

本当は母にタブレットを攻略してもらいたいと思っていた。例えば買い物。実家は生協に入っているので、ある程度の食料や重いものを宅配してもらえる。でも生協は「配達時に次回の注文書を渡す」しくみだから、「今必要なもの」をすぐに持ってきてもらえない。

ネットスーパーのアカウントを開設し、母に気軽に買い物してもらおうと教えたのだか、難しかった。

これだったらスーパーに買いに行った方が早いよ

と言いだす始末。まあ確かにそうかもしれない。

「必要なものがあったら、私にLINEで送って。ネットで私が注文するから」

と言ったのだが、「忙しいのに悪いから」と1度も頼まれたことはない。

Amazon Kindleも教えたが、いまだ体得できていない。電子書籍は試し読みが可能なのがいい(特にマンガの試し読みはありがたい)。それに紙の本は重いし買いに行くのも大変だ。母が好きそうなマンガを1冊私のアカウントで購入し、読み方、使い方を教えてみた。

しかしどうしても慣れなかった。

先日こんなことがあった。Lineメッセージを送信しても既読にならない。

「またWifi切れちゃったかな」

そう思って電話をしてみると、

Lineが変な画面になってしまう。ピンポンと音が鳴っているのでメッセージが来ているのは分かっているんだけど、読めない。でも将棋はできている」

と言うのである。将棋ができているということはネットには繋がっている。「変な画面」って?

遠隔操作でタブレットを見てみると、何とLINE画面が「タイムライン」の画面になっていた、というだけだった。「タイムライン」から「トーク」画面に戻せなかったのだ。

ちょっと動かせば何とかなりそうなことだと思うが、親世代にとってタブレットは「未知の機械」であり続けている。ちょっとでも普段見慣れない画面が見えただけであっという間に「使えない機械」に成り下がってしまう。

昔勉強を教えてもらった人たちに、手取り足取りデジタル機器を教える日々。「親が老後を迎える」ことそのものが私にはまだ新しい体験なので、なんだか妙な気分だ。

繰り返される「LINEがつながらない」「将棋ができない」→「またか…」のフロー。そのたびに、

イライラせずに解決できますように。両親を怒ったりしないで、ちゃんと直せますように。両親に優しく対応できますように」

そう短く祈ってから電話をすることにしている。

「お父さんもお母さんも、何度も何度も教えているのにどうしてこんなこともできないんだろう?」―― そう思ってしまうと、イライラがこみ上げ、両親に辛く当たってしまう。両親の「出来ないっぷり」に呆れ、ため息をついてしまう。

分からないから困っているのに、そこをイライラしてしまったら両親は「忙しい人(←私)を煩わせたくない」と委縮する。しまいには「タブレットいらない」「将棋やらなくていい」「LINEやらなくていい」と言い出してしまう。

デジタル機器を老人に教えるのは難しい。でも実のところ、両親は別にタブレットを使いたかったわけではない。私が無理やりやらせているのであり、「私のために」に「頑張って使ってもらっている」のだ。

私が連絡を取りやすくするため。
私の心配を減らすため。
すべて私が安心するため。

イライラしそうになると「私のため、私のため」と呪文のように唱えている。

私も両親の年齢になったとき、下の世代が「当たり前」に使える何かが使えずにいるのだろう。そして誰かに教えてもらわなくてはならない。こういうことはたぶん順番だ。今まで散々教えてもらって生きてきた。今は教える番なのだ。

今日も明日も明後日も、イライラせずに両親に優しく接することができますように。

そう思っても、すぐにイライラしてしまうダメな私だ。

(Eye catch photo: Matthew Henry from Burst)

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