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20188/25

【遠くで暮らす、両親のこと】手放すこと by hanako

*【遠くに暮らす、両親のこと(高齢者の環境/医療/介護)】
日本の地方の街に住む70代の両親にやってきた老後。遠い国(イギリス)に住む私に何ができるのか? これから両親のこと、高齢者を取り巻く環境や医療、介護のことについて考えながら書いていきたいと思います。

父の具合が急激に悪化した。きっかけは転んで怪我をしたことだった。かかりつけのクリニックの駐車場で転び、顔面と頭を強く打ってしまったそうだ。顔を包帯ぐるぐる状態で数日を過ごし、包帯が取れたころから様子がおかしくなってきたという。

モノが噛めないし、うまく飲み込めない。
水も飲みづらい。
うまく話せない。ゆっくり、1音ずつしか発音できない。
指、腕、足の力が極端に低下し、ボタンも自分で止められないし、座椅子から自力で立ち上がれない。

母は急激な変化に「おかしい」と感じてすぐに医師に相談した。脳神経外科に繋がりのMRIやCTを撮影したものの、原因がわからず「老化」で処理されてしまうという…という話は聞いていたけれど、本当にコトの深刻さが私にわかったのは6月半ばをすぎたころだ。母は私を心配させないために、遠慮気味に状況を伝えていたからだ。

状況は電話ではよくわからない。今迄の変化とは状況が異なる気配がする。父も大変だが、たぶん母の方が大変だ。母は今は元気そうにしてはいるが、昨年ガンの手術をして現在も治療中。病人が病人を介護する、本気の老老介護に母は耐えられるのだろうか?

今すぐ帰国しなくては。

そして7月頭、日本に一時帰国した。日本は予想通りの猛暑。連日40度越えの暑い7月を日本で過ごした。

帰国して本当によかったと、実家について1分で思った。この数年、徐々に弱っている父を見てきたが、今回はいままでにない大きな変化だ。家について「ただいま」と言っても、「おかえり」と迎えられない父がいた。そして驚くことに、もう声がでなくなっていた。口だけを何とか頑張って動かして言ってくれた「お・か・え・り」だった。

===

帰国翌日、大手介護製品メーカーの担当者Sさんが父のベッド横に手すりを設置しにやってきた。これは私の帰国前に決まっていたことだった。

歳の割には体が大きな父は大き目サイズのベッドに寝ていたのだが、ベッドの高さが低く、朝起きて立ち上がるのに難儀するようになった。加え腹筋や背筋も衰えたため、横に寝た状態から上体を起き上がらせることも大変だという。父はすでに自治体から介護支援認定を受けているため、担当のケア・マネージャーさん(自治体との間に入ってくれる支援員の方)がいるが、彼女から介護ベッドの使用をずっと勧められていた。しかし父は「大き目ベッドに寝たい」と言い続けたため母は説得を諦め、ひとまずベッド横の床に「たちあがる・起き上がる」際のサポートとなる手すりを固定することなったのだ。

取り付けが終わり、Sさんにお茶を出した。そのときSさんが、今の父の状況を楽にする製品についてかなり丁寧に説明してくださった。

この時の会話で、今回の帰国で私がすべきことに気付けたといっても過言ではない。

母は父と毎日一緒に暮らしている。「こんなに弱ってしまった」という父の辛い気持ちを日々目の当たりしているから、なるべく父の気持ちに沿いたいと思う。そして毎日一緒に生活しているからこそ、言えない・言いづらいこともある

父に現実を突きつけるのは確かにつらい。声も出ない、体も動かない。指も動きずらいが、何とか文字盤を使って会話を成立させている。すでに日々抱える症状だけで十分つらいのだ。でも介護関係器具などは、受け入れることで父の生活はずっと楽になり、加え、母の介護が楽になることも意味する。

私はたまに来るだけの人であり、でも言いたいことを言っていい人。その立ち位置を利用し、父と母の両方が楽になる方向に変えていくことが役目なんだと思ったのだ。

「せっかく手すりを取り付けてもらったばかりだけど、介護ベッドを入れよう」とその場で父を説得した。介護ベッドにすれば、上体を起こすのは電動でできる。ベッドの高さは自由に変えられるので、父の足の長さに合わせた高さにしておけば、父はベッドから足を床に落とすだけですっと立てる。ベッドには手すりもついている。

父は「まだ頑張れば立ち上がれるから」と嫌がった。しかし結局私に押し切られる形で導入に合意した。Sさんはたった今手すりを付けたばかりなのに、いやな顔1つせず3日後に手すりを撤去し、介護ベッドを搬入する手配をしてくれた。

介護ベッドを入れるとなると、次に必要なのは寝室の片づけだ。寝室には父の洋服であふれかえっている。服の量を半分にして収納家具の数を減らさないと、今のベッドの搬出と新しいベッドの搬入ができないのだ

部屋をスッキリさせるために、服を整理しましょう」―― 母とケア・マネージャーさんがここ数カ月説得していたことだったが、父がどうしても首を縦に振らなかったそうだ。ケア・マネージャーさんは寝室の家具を減らすことで歩きやすくし、怪我のリスクを減らせる等アドバイスしてくれていたが、父は「服を捨てたくない」と頑張っていた。

父は昔から洋服にこだわりがあり、週3回ディ・ケアに行く時も毎回服を吟味している。1枚1枚、自分が選んで買った服ばかり。実際はお気に入りの服数枚を着まわしているだけなので、大量の服のほとんどは何年も着ていない。しかし思い入れがあるだけでに今ある服を捨てたくないという。

その気持ちがわからないわけではないが、ベッド搬入は3日後だ。心を鬼にし、「たまに来て言いたいことを言う人(=私)」の特権で断行することにした。父をベッドに座らせ、1枚1枚服を広げて「捨てていい」「考え中」「取っておく」のどれか?と聞いていったのだが、どれもこれも「取っておく」というので、全然減らない。

仕方ないので、服の布が傷んでいるかどうかで第一段階のフィルターに掛け、その上で似たような色とデザインから2~3枚程度抽出する作業は私がやってしまった。その後父に聞いて、取っておくものとそうでないものを振り分けた。

父は私がガンガン仕分けしてビニール袋に詰め込んでいく様子を悲しそうに見つめ「それも捨てちゃうの?」と目で訴える。「似たような服を減らしてるだけだから、お気に入りのは捨ててないよ」と言っても「それもこれも、気にいってるのよ」と返してくる。

可哀想だけれど作業を続けた。結果大きなごみ袋20袋以上の洋服を捨てることなったが、部屋は劇的にスッキリし、明るく風通しのよい部屋に変化した。

部屋は明るくなったのに、父はずっと寂しそうだった。

3日後、介護ベッドは無事搬入された。

ベッドからの立ち上がり・起き上がりは楽になった。なので父もベッドについては何も言わなくなったが、人と会うごとに文字盤越しに「洋服、捨てられちゃった」と言っている。

体が動かなくなってきたことで、今まで慣れ親しんだものを1つずつ手放しつつある父。

所蔵品だけでない。強制的に奪われていく身体機能。それに伴い、行きたい場所になかなかいけず、好きなものも食べられなくなる。

好きな時にトイレに行きたい。
お風呂につかりたい。
誰かと話したい。

そんな当たり前だったことも難しくなり、1つ1つが特別なことなのだと気づく。

老人世帯の安全や、介護者の疲労を少しでも減らすことは最優先事項。だから時には手放す決断も必要なことは分かっている。でも父の寂しそうな顔が忘れれない。そして私はまだ、手放すことの悲しさ・寂しさを慰める言葉を探せていない。

遠くに暮らしてはいるけれど、毎日電話し、こまめに帰国することで両親の老後を伴走し、気持ちを共有したいと思っていた。しかしそれだけでは慰めにならないという無力感を、今感じている。

寂しさの次に父が「孤独」を感じないよう、次の一手を考えないと。

この夏、そんなことを考え続けている。

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