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【遠くに暮らす、両親のこと:日報】トイレが遠い(11月2日~4日)

*【遠くに暮らす、両親のこと(高齢者の環境/医療/介護)】
日本の地方の街に住む80代&70代の両親にやってきた老後。遠い国(イギリス)に住む私に何ができるのか? これから両親のこと、高齢者を取り巻く環境や医療、介護のことについて考えながら書いていきたいと思います。
※【読んでくださる皆さまへ】今回の記事には難病患者の方やそのご家族が読んで不快に思われる可能性のある記述があります。記事によってそのような思いをなさることはもちろん筆者の意図するところではありません。しかし正直な思いを書くため、悩んだ末に「不快に思われる可能性があるかもしれない」と思う記述も残しました。この点ご理解くださいましたら幸いです。

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【2018年11月2日】トイレが遠い

点滴だけで生きている父。水分は1日2L近く入っているので、トイレには行きたくなる。多いときは1日20回ぐらい。夜中不安で眠れず、15分おきにトイレに行きたいとナースコールを押し、そのたびに2人がかりでトイレに連れて行ってくれていた。

病室はトイレの隣。でも自力で歩けない、立てない、座れない父にとってははるか彼方先だ。用を足す方法は様々あり、ベッドの上でも可能だ。身体を動かすと吸引が増えるのでトイレに行くことで苦しみも増えるはずなのに、どうしてもトイレで用をたしたいとこだわっていた。

しかし、今日とうとう行けなくなった。今朝、トイレに連れて行った時にグンニャリと体が傾いてしまい、便座に座れなかったからだ。

父はそのときの記憶がないらしい。なので朝起きたらトイレにいけないことになっていると知り、大きなショックを受けたようだった。私と母が病院についてから面会時間の終了まで、一日中「トイレに行きたい」と涙ながらに訴え続けた。混乱してしまったようで、指先に付いている脈拍センサーをナースコールと勘違いし、指先をずっと推し続けている。

「もうちょっと力が出たら、またトイレに行けるから。今日は我慢して」

何度言っても、首を横に振って抵抗する。

父もわかっているのだ。今トイレに行けなくなったら、もうずっと行けないことを。そしてわたしも、母も、もうその日が来ないことを知っている。

看護師さんが何度も来て、今日は体を起こせないので安静に寝ていることがどれだけ大事なことかを説明してくれるのだが納得しない。どうしてもトイレに行きたいとありったけのジェスチャーで訴える。

帰り際、ナースコールを握らせると早速押してしまう。何度説明しても押してしまう。

振り切るようにして病室を後にした。今夜、父は混乱した頭と悲しみの中で、どれだけナースコールを押しているのだろう。

【2018年11月3日】「手浴」

昨晩がどうだったのか、ナースコールを押しまくっていたのではないか? 面会時間開始と共に、恐る恐る病室に入った。なぜこんなに「恐る恐る」なのかと言うと、この病院にずっと置いてもらいたいから。両親は田舎に住んでいる。ALS患者を受け入れてくれる病院はほとんどない。現在の病院は救急病院なので、本来なら父は異なるカテゴリーの患者なのだと思う。しかしこの素晴らしい(本当に本当に素晴らしい…)病院に何とか置いておいてもらいたいからだ。

昨夜の様子を聞くと、予想通り私たちが帰った後、ナースコールを押しまくったらしい。しかし就寝前、具合が安定した状態を見計らって看護師さんが「1回だけ」と約束し、トイレに連れて行ってくれたそうだ。そのときはちゃんと便座に座れたようで、心行くまでゆっくりとトイレで時間を過ごして本人満足したらしい。夜はぐっすり眠れたと聞いてホッとした。

本人の意思を尊重し、会話をし、思いを読み取ってくださる看護師さん、看護助手さんの心遣いに感謝以外の言葉が見つからない。

今日も多少は嫌がりつつも「具合が良いときにはトイレに行けるから」と説得すると、ベッド上でのトイレをあまり嫌がらなかった。

今日は看護助手のMさんが時間を見計らって「手浴(しゅよく)」をしてくださった。今父は点滴が足に入っているので足浴はできないが、手を洗ってくださる「手浴」は可能だ。

手浴を見るのは初めてだったが、見ているだけで気持ちの良い施術だった。まずホカホカの蒸しタオルで手を包み、その上にビニール袋をかけてしばらく皮膚をたっぷりと蒸らす。その後、保湿剤が入った特別なボディシャンプーでマッサージしながら手を洗ってくれる。指の腹まで丁寧に洗いつつ、ツボを押す。

父はマッサージが大好きで、「マッサージの気持ちよさを味わいたいからマッサージ中は眠りたくないんだよ」とよく言っていた。今日もそんな気持ちなのか、それまで眠そうだったのに手浴が始まったらパッチリ目を開けた。でもその後気持ち良さからなのか、時折瞼が重くなっていた。

たっぷり時間をかけてマッサージしてくださると、手はびっくりするぐらいつるつるすべすべになった。肌の色まで変わってしまい、それまで苦しそうだった表情も変化した。

最後に「ありがとう」の意味で、父はMさんに上がらない手をちょこっとだけ持ち上げて手を動かした。するとMさんは「あ~、笑ってくれたね~」と言ってくれた。

ALSは日々容赦なく父の動きを奪っている。「イエス」「ノー」の表示も難しくなりつつあり、もう文字盤を使って会話する元気はほとんどない。父のちょっとした意図を読み取れずに苦心している。そんな中、久々に見た父のほほ笑みだった。

【2018年11月4日】「ベッド交換」

病院に到着すると、父のベッド周りが騒がしい。たくさんの看護師さん・看護助手さんが集まり、父のスペースにカーテンを引いた状態で何やら作業中だった。聞いてみるとベッドを交換しているとのこと。今日から床ずれ防止のために電動エアマットが装着された。入院して2カ月。本人まだ痛みを感じていないようだが、ずっと寝ているので床ずれを心配していた。

大騒ぎして抵抗したトイレ問題。昨日も夜寝る前に1度トイレに連れて行ってもらったとのことで本人納得しているようだった。こうした配慮が本当にありがたい。毎日本人は痛いこと、つらいことの連続だ。少しでも納得して日々を過ごせるといいなあと本当に願っている。

1つずつ新しいことが始まり、1つず辛いことに慣れていく。この小さな繰り返しで症状は進行していっている。

昨晩から兄が来ていたので、家族4人で時間を過ごした。父が入院するまで、家族4人が4人だけで会う機会はたぶん長いことなかった。父が入院したことで得られたボーナスのような時間。父は点滴の差し替えなど痛みを伴う治療が今日もあったものの、症状は穏やかだ。父を囲んでいろいろ話し、楽しくすごした。こういう時間が少しでも長く続いてほしい。

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