カルチャーレビュー

  • 2026.06.21
映画『黒牢城』 戦国時代という設定を通しての“生きろ”

荒木村重という武将についての世の中の認知度はいかほどのものだろうか。
「織田信長の家臣となるも、謀反を起こして、籠城、後に自身は城を抜け出し、残された一族・家臣は処刑」という顛末は日本の戦国時代に詳しくなくても、なんとなく聞いたことがあるかもしれない。

※以下ミステリのネタバレなどはしていませんが、やや内容含みます。

知っているか、知っていないかはこの荒木村重を主人公にした映画を観ることにさほど重要ではない。今作は第79回カンヌ国際映画祭に出品されているが、海外の観客で荒木村重を知る人はほぼいないと思う。原作は米澤穂信さん。荒木村重が有岡城に約10ヶ月籠城していた期間に起こった怪事件を、囚人である黒田官兵衛が解き明かす「戦国×ミステリ」(出典:読書メーター)。監督は黒沢清(私は映画を観ようと決めるまで黒沢清監督だとは思っていませんでした)。

ただ、なぜ荒木村重という人物が主人公なのかが、この物語の重要な部分だと思う。地方豪族から成り上がって、織田信長から重用されながらも反旗を翻したが、なぜ謀反を起こしたかの理由は明らかになっていない。そこに創作の面白味がある。荒木村重は黒田官兵衛を殺さない(歴史的事実)。殺して終わりにはしない。戦国時代にあって、周りの武将が人を殺したり、切腹したりすることが通常営業だった。何かっていうと死が簡単だったその時代にあえて難しい「生かす」「生きる」を選択する村重。
囚人の黒田官兵衛が「殺す信長」「殺さない村重」という意図を指摘する。それこそが謀反の理由だと。

史実として荒木村重は生き延びて茶人となるが、きっとその当時も「なぜ自ら死を選ばなかったのか」と大多数の人に思われていたのだろうし、自身も様々な後悔の念に駆られたであろうと思う。けれど、“生きた”。死を以て償わなかったところに、この映画が描きたかったメッセージの一つがあると思う。私は「謀反」は単に「信長への謀反」にあらず(思わず時代劇口調)、「(人の命が軽視される)戦国の世への謀反」だと思った次第。

もちろん、荒木村重が場内で起こる謎に翻弄され、名軍師である牢内の黒田官兵衛に相談に行き、いびつな関係ながらも対等にやり取りをしながら謎を解く面白さもある。謎自体というよりは、閉ざされた空間ゆえの謎をめぐる人間ドラマの方に惹きつけられる。豪華俳優陣の演技も見応えあり、何より、素晴らしいロケ地が画面で重みを出していたと感じた。あとでロケ地を検索して納得。

最後に、最近時代劇映画のヒットが増えてきたなと感じて、なぜだろうと思う。「せっかく映画館で映画を観るので、非日常の作りこまれた世界を見たい」、「時代劇+〇〇のような組み合わせが新鮮」、「ワクワクしながらもどこか落ち着いて観られる」などの理由だろうか。でも今回の映画を観て、「現代劇ではなく時代劇を通じて見えてくるものへの期待」もあるのかなと思う。

※上部画像はイメージです。

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