カルチャーレビュー

  • 2026.07.21
映画『ひゃくえむ。』と映画『ルックバック』 熱は誰にも奪えない

2つの映画を観る前に、人におすすめしてもらって読んだ本がある。國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』。とても興味深く読んだ後、さまざまな出来事をこの本の内容に照らし合わせて考えることが多くなった。紹介する2つのアニメ映画も『暇と退屈の倫理学』を頭に置いて観たときに、なぜこの2作品がとても魅力的なのかがすごく腑に落ちた(感じがした)。

詳しくは本書を読んでみていただきたいが、『暇と退屈の倫理学』では、「人は退屈から逃れるために熱中することで充足感を得たいと願っている」という記載があるが、多くの人は人生の全てをかけて何か一つのことに熱中できてはいない。でも誰でも「熱」はあるのだと思う。「全てをかけることのできる熱中とそれに伴う充足感」への憧れが、映画『ひゃくえむ。』映画『ルックバック』の2作品で素晴らしいアニメーションで具現化されている。

『ひゃくえむ。』(原作:魚豊)は「陸上100m。一瞬の輝きに魅せられた者たちの狂気と情熱の物語」(出典:映画公式サイト)、『ルックバック』(原作:藤本タツキ)は「ひたむきに漫画づくりを続ける2人の少女の姿を描く青春ストーリー。」(出典:映画.com)。

“100m走”と“漫画”という全く異なる対象だけれど、2作品は熱中の「熱」がとても魅力的だ。2作品に共通することとして、小学生時代からの繋がりのある2人が主軸となり、お互いを影響し合う。また、主人公たちは、最初は自分の周りの人(こと)を気にしているが、「熱」が高まるにつれて、周りはどうでもよくなる。それだけ熱中して充実してくる。世界がそこに集約してくる、焦点があってくる気持ちよさを持った2作品だと思う。

この2作品は観客にひとときの「退屈からの逃避」を与えてくれる作品だ。自分は観ているだけなのに拳を握りしめて、画面に集中して、その展開を固唾をのんで見守るのだ。
その瞬間、主人公たちに自分の気持ちを乗せて、100mを全力疾走し、ペンを走らせる。臨場感あるアニメーションや声優陣も感情移入に拍車をかける。ひとときの充実感、鑑賞後の余韻に浸る…。そして「あれ?」「私は?」となる。単なる青春物語で終わらないところも2作品に共通している。ひるがえって自分の「熱」に問いかけられる。「あなたは何かに熱中しているの?」と。

『ひゃくえむ。』では主要登場人物が何人かいるが、中でも私にとっては、ベテランの海棠選手が印象的だ。若手に抜かされながらも「現実向き合った後に、全力で現実逃避」することで勝ちに行く姿勢はとても心に響く。また、高校の陸上部の浅草さんは特段才能のある人ではないが、周りの人に「走ることに何か意味があるのか」と言われ続けながらも、一人黙々と練習する。そして “日常の差”で立ち向かう。

主人公たちの熱中に感情移入したその後に、もし誰しもに多かれ少なかれ「熱」があるのなら、その「熱」は誰にも奪えないこと、「熱」の主人公は自分だということを教えてくれる2作品だ。

※上部の写真はイメージです。

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