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【ドキュメンタリー】『THE MOLE(ザ・モール)』
TOP画像:BBC iplayerのキャプチャ画面より
ドキュメンタリー作品が大好きです。ものすごい本数を見ているので、「ドキュメンタリー愛好家」を名乗ることにしました。これまでに見て心に残ったドキュメンタリー作品を紹介・記録するアーカイブ。素晴らしすぎて書かずにいられない作品を書き留めます。日本とイギリスの作品が多いですが、国を問わずどん欲に見ています。
追記:当記事はNHK BS『潜入10年 北朝鮮・武器ビジネスの闇』放送&映画『THE MOLE(ザ・モール)』公開以前である、イギリス・BBC放送時に執筆しましたが、映画のタイトルに合わせ、一部修正しました。
北朝鮮を扱ったドキュメンタリーは大好物なので結構見ている。今まで私が見た中でダントツの1位は2006年に放送されたNHKスペシャル(3部構成)『ドキュメント北朝鮮』。
↑『ドキュメント北朝鮮』第1集「個人崇拝への道」のキャプチャ画像。NHKの取材者と握手する、ソビエト軍特別宣伝部長(当時)グレゴリー・メクレル氏。番組の取材当時、朝鮮民主主義人民共和国を建国と、ソビエトが金日成を最高指導者に選んだプロセスに携わった人物がまだ存命だった。
この番組を越える作品になかなか巡り合えないが、2020年11月にBBCで放送されたドキュメンタリー番組(2エピソード)は見ごたえがあった。デンマーク人のマッズ・ブルッガー監督が10年かけて製作した、同国の“海外における”武器ビジネスを詳細に暴いたドキュメンタリー『THE MOLE(ザ・モール)(原題:The Mole: Infiltrating North Korea/モグラ:北朝鮮への潜入取材)』(2019年、デンマーク)である。
↑BBCジャパンが公開した予告編。
“潜入”と言う言葉を使っているが、作品で紹介される武器取引のほとんどは、北朝鮮以外の場所で交渉されている。1度だけ、北朝鮮での商談の様子も登場するが、主に北朝鮮の代理人や北朝鮮の高官と北朝鮮以外の国で会って、商談を進める様子が撮影されている作品だ。
隠しカメラを使い、商談や交渉を録画した模様をベースに作品が構成されている。
この隠しカメラによる潜入取材をしたのはブルッガー監督ではない。監督は以前北朝鮮を訪れドキュメンタリー作品『The Red Chapel(赤いチャペル)』(2009年)を製作したが、この作品が北朝鮮当局から敵視されたため、出禁を食らっている。潜入など不可能だ。
↑ブルッガー監督作『The Red Chapel』の予告編
では一体誰が潜入したのか?
スパイ役をこなしたのはズブの素人2人組だ。この点も本作の見どころである。
※ここからは『潜入10年 北朝鮮・武器ビジネスの闇』のネタバレしています。当記事はこの作品がNHKで放送される前、BBC放送版を基に書き起こしました。NHKにて視聴の可能性がある方はご注意下さい。
番組は、“モグラ”(←ニックネーム)こと元シェフのウルリヒ・ラーセンがブルッガー監督にコンタクトしてきたところから始まる。モグラはコペンハーゲン郊外に暮らすデンマーク人。北朝鮮への興味から、2011年にデンマーク朝鮮友好協会に入会する。モグラはまずこの協会の潜入取材をすることを監督に申し出、独自に取材を始めた。つまりモグラは「モグラになること(※英語で『モグラ』は潜入スパイの事を意味する)」を自分で志願してこの企画が始まったのだ。
↑“モグラ”ことウルリヒ(右)とマッズ・ブルッガー監督(左)。
モグラがデンマーク朝鮮友好協会に入会した狙いは北朝鮮訪問だったが、翌2012年、早くも初訪朝を果たす。そしてここで出会ったのが世界規模の団体である「朝鮮友好協会(KFA、本部はスペイン。以下KFTと表記)」の会長、アレハンドロ・カオデベノスだ。
↑アレハンドロ・カオデベノス(右)とモグラ”(左)。
アレハンドロに気に入られたモグラは、2年後にはKFA北欧支部のトップに抜擢される。大昇進である。
ほどなくしてアレハンドロはモグラにビジネスのあっせんを依頼する。北朝鮮は武器や麻薬の製造が可能であり、顧客を探している。国連の制裁下にある北朝鮮は、おおっぴらに外貨獲得のための営業活動ができない。だから、秘密裏にセールス先を探してほしいとアプローチを掛けてきたのだ。
モグラは元シェフだが、持病があり、現在は失業中。密かにKFAの内部情報をブルッガー監督に伝えていること以外、この時点では静かに暮らす、ごく普通のデンマーク市民だ。
その「フツーのヒト」の彼に、アレハンドロは国をまたぐ、違法かつ巨額な商談相手を探してほしいと、何だかスゴイお願いをしたのである。
スケールが大きいというか、いい加減というか。
でもアレハンドロはマジある。
まだ作品の前半なのだが、すでにKFAが「文化交流をPRするための組織」なんぞではないことが分かる。北朝鮮の権力と直通であり、アレハンドロは完全に北朝鮮の立場で話をしている。北朝鮮側のことを指す主語は「We(=私たち。北朝鮮側とアレハンドロのこと)」。“友好協会”というややホンワカしたネーミングを隠れ蓑に、北朝鮮様の資金稼ぎになることをせっせと行う闇のセールス団体なのである。
しかし世界各地のKFAに所属するほとんどの人は、この団体の真の目的は知らないと思う。アレハンドロと繋がるごく少数の人が北朝鮮内部と繋がることで、闇ビジネスが成り立っているように作品からは見えた。
この北朝鮮闇ビジネスをもちかけられたことで、監督は、もう1人の潜入部員を送り込むことにした。“ミスター・ジェームス”がここで登場する。
↑“ミスター・ジェームス”こと、ジム・ラトラッシュクロトップ
“ミスター・ジェームス”ことジム・ラトラッシュクロトップは、元フランス外人部隊の隊員であり、麻薬密売で8年の服役歴もある人物。現在はビジネスマンとして暮らしているが、彼の素性は作品の中で大きく明かされていない。彼はアドレナリンドライブを求めている人物なので、この危険な潜入取材に役者として参加している。彼の役は北欧出身のビリオネアであり、武器購入に興味がある…という建付けだ。
愉快とドキドキを求めて、このリスク極まりない役をどこか楽しそうに演じているミスター・ジェームス。シャキッとした身なりでビリオネアらしい雰囲気をまとい、それらしいふるまいがすご~く上手。俳優の才能アリアリだ。
↑ミスター・ジェームス(左)とモグラ(右)。
2016年にオスロで行われた打ち合わせで、モグラはミスター・ジェームスをアレハンドロに紹介する。翌2017年1月にアレハンドロのコーディネートのもと、モグラとミスター・ジェームスは北朝鮮に行き商談に臨んだ。
北朝鮮側は武器や麻薬の販売リストを見せ、喜び組的なエンターテイメントを交えながら2人を接待する。北朝鮮側はこの謎の大金持ちミスター・ジェームスをそれほど調べることなく次の段階に進んでいく。
ちょっと調べたら彼が実態のないただの役者であることなんぞ、分かりそうなものなのに。クレジットチェックとかしなかったのかしら?と疑問だが、北朝鮮側もアレハンドロも「ミスター・ジェームスのミニマム投資額は5000万ユーロ」「武器を反イスラエル側に売りさばいても儲けたいビジネスマン」という話を信じ、商談は深い方向に進む。
最初、ミスター・ジェームスは「武器ビジネスに興味がある」というところから始まっているが、途中から麻薬製造も依頼する流れとなっている様子だ。しかしこの辺、詳しくはドキュメンタリーの中で説明されないので、以下は武器製造についてのみ記載する。
巨額なお金が動く大取引(←嘘だけど)。北朝鮮側も秘密保持や武器の製造と購入の方法については慎重であり、年単位の時間をかけてミーティングを重ねていく。
北朝鮮で武器を製造するのが1番簡単だ。北朝鮮国内では法に縛られず、なんでも作れる。しかし問題は制裁下にあるため、持ち出しが困難であること。
そこで行き着いたのが、アフリカ・ウガンダにある小さな島を「リゾート施設」の名目で購入し、ここで秘密裏に武器を製造し、納品するというアイデアだ。
島を所有していれば、空港も自由に作れる。そこから何を移動させようと、ミスター・ジェームスの自由。島の値段は500万ドルだ。
↑ウガンダの島を視察するためヘリに乗る直前。ミスター・ジェームスと北朝鮮側の高官。
2017年、ミスター・ジェームス、モグラ、韓国側の代表はウガンダへ赴く。島を管轄するウガンダ側との商談の模様はすべて撮影されているが(これは「ミスター・ジェームス側の記録用」という名目での撮影と隠しカメラの両方で撮影しているので、すべてバッチリ映っている)、ウガンダ側もひどい。ミスター・ジェームスの「買ったら最後、何も干渉しないで」のリクエストをあっさり快諾する。
島にはたくさんの住人がいる。住人には島にリゾート施設と病院ができると説明されており、ミスター・ジェームスを歓迎している。ちっぽけな島の住民の人権なんぞお構いなし、500万ドルが入ればすべてOKとばかりに島を売りさばこうとするウガンダ側もひどくて驚く。
世の中の大部分の場所に人権なんぞ存在しないのかもしれない…と改めて思うシーンだった。
もちろん潜入取材として商談しているので、ミスター・ジェームスは島を買っていないが、島での武器製造計画が進むにつれて、アレハンドロがまたしてもすごいことを言ってくる。それは
「トライアングルビジネスをやろう」
ということ。
上記したように北調整は国内は何でもありだが、制裁下なので国際的な資金移動が難しい。
しかし北朝鮮と商売したい人は結構いるというのだ。そこで登場するのが、ヨルダン・アンマン在住の石油商人であるダスキ氏。彼は実在の人物。北朝鮮と違法ビジネスをしている本物のビジネスマンだ。
北朝鮮は石油がほしいが、制裁下で簡単には買えない。そこで
●ミスター・ジェームスがダスキ氏から石油を買い(ダスキ氏に支払い)、石油は北朝鮮に納品される。
●ミスター・ジェームスが支払った金額分は、武器製造コストからマイナスされる
という方式。
この「トライアングル」の詳細はドキュメンタリーの中で紹介されていないので、いろいろ細かい疑問はあるが、ともかく北朝鮮、ヨルダン、北欧を繋いで送金と納品が行われるので「トライアングル」ということらしい。
この提案を聞いたミスター・ジェームスは「実際にダスキ氏に会いたい」と要求し、2018年にヨルダンに飛び、3人(ミスター・ジェームス、ダスキ氏、モグラ)のミーティングが行われる。この模様は隠しカメラで撮影された。
ダスキ氏は闇輸出のプロであり、いくつもの港を経由し、書類を刷新しつつ、自分に嫌疑が及ばずに違法取引をする方法を知っている。その手法を彼の言葉で少しだが暴露し、カメラがバッチリ撮影している。
ミスター・ジェームスとダスキ氏はアンマンでこのトライアングルビジネスの契約をする。契約書は北朝鮮政府とダスキ氏の会社であり、プロフォーマインボイスを見ると、宛先は北朝鮮政府の特使であるアレハンドロ。彼が完全に政府側の代理人という立ち位置なことが分かる。石油購入価格は320万ドル。
その後、同年2018年、在スウェーデン・北朝鮮大使館にモグラが出向く。北朝鮮側が製作した、ウガンダの小島に武器製造工場を建設するためのデザイン画ができあがったのだ。見かけはリゾートホテル、地下には工場、周りはゴルフコースらしきものに囲まれている。北朝鮮と秘密の施設である匂いを一切漂わせない作りになっている。
大使館員は「あくまでも内密を貫いて」「何かあっても、この大使館は無関係」とモグラに念を押す。
翌2019年、デンマーク・コペンハーゲン。北朝鮮からトライアングルビジネスの契約書を携えた特使が2名、ミスター・ジェームスと会合のためにやってきた。契約書は北朝鮮の貿易会社NARAEとミスター・ジェームスのフェイク会社で締結され、内容は、ミスター・ジェームスが購入した石油は北朝鮮に納品され、その見返りに北朝鮮はウガンダに技術者と製品(=武器製造の原材料を指す?)を送り、“観光用商品(=実際には武器)”を製造。ミスター・ジェームスに納品する、というもの。
さて契約をしてしまったので、ミスター・ジェームスはタスキ氏に320万ドルをしはらわねばならない。
もちろん潜入取材なのだから支払わない。タスキ氏はミスター・ジェームスに脅しをかけてくる。
北朝鮮側もビジネスをスピードアップさせようと、ミスター・ジェームスをカンボジア・プノンペンに呼び、会合を行う。さらに具体的な武器リストや実物の銃などを見せ、話を前に進めようとする。その様子から、北朝鮮は制裁下で困っており武器輸出先を真剣に探している事、ミスター・ジェームスが彼らにとっての大きな希望なこと等が伺える。そしてミスター・ジェームスに対し「あなたには島があるのだから、他にも武器を購入するクライアントがいれば、あなたを通じて取引できる。(そしてミスター・ジェームスも儲かる)」と持ち掛ける。
北朝鮮側もいよいよ焦っているようだ。
ここでミスター・ジェームスはお役御免。完全にドロンする。
当然、商談はなかったことになる。
その後(2019年)、モグラはアレハンドロと最後の会合を持つ。長い時間とお金を掛けて交渉してきたが、ミスター・ジェームスが幽霊となったことへの文句を、案外和やかにペラペラ語るアレハンドロ。
このビジネスが成立しなかったことで、関わった北朝鮮側の人は恐ろしい処罰を受けたのかもしれない。しかしKFAのトップであり“ガイジン”のアレハンドロには攻撃はそれほど行ってない様子も感じられる。
アレハンドロはミスター・ジェームスを連れてきたモグラのことを決して責めないし、それよりは「忠誠心を持って、よくやってくれたよねえ」とモグラを賞賛している。
商談ご破算という、本来なら大失態を犯したアレハンドロ。つまり北朝鮮はKFA(朝鮮友好協会)頼みで外貨を獲得しているから、彼を責められないということなのかもしれない。
ドキュメンタリーの最後は、モグラによる2つの告白で締めくくられている。
1つは10年にも渡り潜入取材を続けていたことをモグラが妻に話すシーン。彼は妻に何も話さず、このスパイ活動を行っていた。妻にしたら…とんだ嘘つき&裏切りである。モグラの潜入によって、今後一家が「狙われる」対象になるかもしれないのに。
もう1つは、ビデオ通話でモグラがアレハンドロに潜入捜査の事実を伝えるシーン。途中からブルッガー監督も会話に入り、約10年に渡りモグラはスパイとして潜入取材をし、すべて録画していたことを伝える。アレハンドロは途中で通話を切ってしまう。
ここで潜入取材は完結する。
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ここからは私の感想。
北朝鮮が世界に商業網を張り巡らしていること、
またそれを利用して儲けようとする人がたくさんいること、
制裁のぬけみちはいろいろあること、
この作品を見るとそういった「表には見えないけれど、割と近くにあるかもしれない北朝鮮」の存在がよくわかる。
隠し撮りにより顔をさらしている北朝鮮側の高官等に対し、エンドクレジットで「政府に言われた役割をこなしているだけ」と考慮を示している。しかしこの作品が世界で公開された今、彼らは無事なのだろうか? そこは…見ながら胸が痛んだ。
アレハンドロはドキュメンタリー撮影中に1度逮捕され、スペイン国外に出られなくなっているものの、しかし裏で北朝鮮の代行としてバッチリビジネスを継続していた。またミスター・ジェームスがゴースト化した後も、彼が北朝鮮から脅迫されている様子もなかった。この辺、海外拠点に依存する北朝鮮のお家事情がうかがわれる。
これまで北朝鮮の内側を明らかにするタイプのドキュメンタリーを多く見てきたが、外側を撮影することで内部事情をつまびらかにする作品は初めてだったので興味深かった。
多分…日本でも近々配給(※)されるでしょう。期待を裏切らない作品です。
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※追記:
この作品は2021年2月21日にNHK BSで放送されました↓。当記事はNHK放送前に書きました。
※追記2:
この作品は映画『THE MOLE(ザ・モール)』として、2021年10月15日~日本劇場公開となりました。
#北朝鮮の武器取り引き
#潜入ドキュメンタリー
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