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【ドキュメンタリーを書き留める】優しくなれないワタシだけれど『ドヤ街と詩人とおっちゃんたち~釜ヶ崎芸術大学の日々~』
ドキュメンタリー作品が大好きです。これまでに見て心に残ったドキュメンタリー作品を紹介・記録するアーカイブ。素晴らしすぎて書かずにいられない作品を書き留めます。日本とイギリスの作品が多いですが、国を問わずどん欲に見ています。苦めのコーヒーに合う作品ばかりです。
【ETV特集『ドヤ街と詩人とおっちゃんたち〜釜ヶ崎芸術大学の日々〜』】
数週間前、知り合いのおばさまが亡くなった。
ロンドンに長く暮らす日本人女性で、たぶん60代。でも彼女の詳しい素性を私は知らない。
近所に住んでいる…というほど近所ではなかったが「ひと駅違い」の距離だった。ここ2年ほど、私が通っている教会(プロテスタントの日本語礼拝)にときどき来てくれていたので知り合った。小柄で品の良い可愛らしいおばさまで、皆に愛されていた。
彼女(ここではSさん、とする)の日本の出身地がどの辺なのかは会話の中から辛うじて予想できた。でもSさんがどうしてロンドンにいるのか? どんな暮らしをしているのか? 全然分からなかった。一人暮らしらしいけれど、家族がいたのかどうかも、亡くなるまで知らなかった。あまり自分のことを語りたがらず、かつ少々「天然さん」でもあったので、何か聞いても答えが斜め上から降ってくることもあり、話がかみ合わないことも多かった。
1人でやってきて、いつも静かに、でもニコニコしていた。でもどこか「ここから先は踏み込まないでね」という厚いバリアを張っているのを感じていた。だからもっとSさん自身のことを聞きたかったけれど、聞けなかった。
1年ほど前、急激に痩せたことには皆気づいていた。
会うたびにどんどん細く、小さくなっていった。集会のあと食事やお菓子を皆で食べるのだが、あまり手を付けない。
「さっぱりしたものなら食べられる」と言っているのを聞き、和え物を集会にもっていったことがあるのだが、「あまり好きじゃない」と言って食べてもらえなかった。腕が痛いと言うので「マッサージしましょうか?」と言ってみたが、「リウマチだから触られるとだめなの」と触らせてもらえなかった。
何かしたかったけど、チャンスがないなあ…と思っていた。
そのうち、自力では集会に来なくなった。
皆が心配し、車を持っている人が集まりがあるごとに声を掛けた。来たときもあったけれど、来ないときの方が多かった。
彼女について、私には1つ大きな心残りがある。
1年半ほど前、まだSさんが割と元気だったころのこと。彼女の方から「ちょっと教えて」と話しかけてきた。質問は2つ。①「古いデジカメについて」②「スマホとパソコンのつなぎ方」。
①についてはその場で答えが分かったのでお伝えして完了。しかし②は、症状を聞く限り彼女のパソコンに触らせてもらった上で、必要だったらスマホを買い換えるか、修理する必要があった。
その事を伝えると、彼女の顔がちょっと曇った。そこで私が感じたのは
「家に来てほしくないんだ」
ということだった。
自宅にあるパソコンを見せる→家に人を入れないとならない。ここに躊躇したのだと感じた。
技術的には簡単なことなのだが、遠隔ではできそうもない。家がダメならパソコンを持ち出し、どこかネットの繋がる場所に一式持ってきてもらわねばならない。
ちょっと考え、「カフェに一式持ってきてくれたら、ちゃちゃっと見ますよ。コーヒー一杯飲んでいるうちに直せるかも」と言ってみた。
すると彼女は
「あ、そうね。じゃあそのうちお願いするわね。“いつか”カフェでお茶しましょ」
と言って、実行する日を決めなかった。
私の方は「すぐにでも日を決めて直しちゃいましょう!」ぐらいの気持ちだったのだ。なかなか手強い。可愛らしいSさんに、分厚いドアを「ピシャ」と閉められたような気がした。
そのことがずっと気になっていた。スマホもパソコンもかなり使っていろいろ検索しているらしい。Youtubeもよく見ている様子があった。パソコンやスマホに何か1つでも不具合を抱えていたら生活は不便だろうと思うのだが、その後彼女から「直して」と言われることはなかった。
そして、とうとう何もできないまま亡くなってしまった。
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ETV特集『ドヤ街と詩人とおっちゃんたち~釜ヶ崎芸術大学の日々~』を見たとき、感動したのはもちろんだが、心に浮かんだのはこのドキュメンタリーに登場する上田假奈代さん( 詩人、釜ヶ崎芸術大学代表)、そして彼女を支える人たちへの強い強い尊敬の念である。
釜ヶ崎芸術大学とは?:ドヤ街で知られる大阪市西成区の釜ヶ崎で2012年から開催されている市民大学。詩人である上田假奈代さんが代表を務めるNPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)が運営する。
なぜ「尊敬」したのかというと、それはものすごく大変で難しい(と思われる)ことを
やり続けている
からだった。
釜ヶ崎に拠点を設け、そこで「ひとくせ」や「ふたくせ」どころではない、たぶん「100億くせ」ぐらいありそうなおっちゃんたちの話を聞き、一緒に芸術を作り、時間を共にしている。
今まで芸術とはあまり関わりがなかったであろうおっちゃんたちの才能を引き出し、おっちゃんたちも上田さんに褒めてほしくて(と、私には見えた)せっせと釜ヶ崎芸術大学の拠点であるカフェ「ココルーム」に集まってくる。
上田さんとそこに集う人たちとの距離感がいい。押し付けないけれど、一緒に座る。ときにはそっとしておく。でも“ずっと”近くに居続ける。
番組には上田さんが「過去がない(人)」と表現する、謎の男性も登場する。このエピソードが私には1番印象深かったのだが、彼の危機に際し、上田さんは優しいことばで静かに、でもかなりガッツリと彼の内側に踏み込んで支えようとする。
そんな彼女たちの活動に圧倒された。
上から目線の慈善でなく、上田さんがおっちゃんたちのことを「面白い」と思い、一緒に仲間としてアートを作り、生きていく姿が力強いのだ。
「いいことして“あげて” ます」
「寄り添って“あげて”ます」
みたいな雰囲気が全然ない。
すごいな。
すばらしいな。
でも、わたしには出来ないな…。
私は絶望に瀕していた長い時代があるのだが、その時期にたくさんの人たちの「本気の優しさ」に救われた経験がある。当時の私は今より輪をかけてめんどくさいタイプの人だったはずだ。
めんどくさい人に寄り添うのは難しい。
でもそれですくわれる人たちもたくさんいる。
私がそうだったように。
私自身、いろいろあったけど何とか今に至るまでやってこれている。だから私も「なにかできることをしたい」という気持ちはあるのだが、ちょっとでも「あ、めんどくさいかも」と思う人に、私は絶対自分から寄って行かない。
自分だって相当めんどくさいタイプなのに。
そんな私だから、この番組に登場する人たちを何だかもう超人的に感じてしまう。自分のダメな部分をえぐるように見せつけられた気がした。
===
こう言っては(おっちゃんたちに)失礼千万だが、亡くなったSさんは、番組に登場した「めんどくささのオンパレード」のおっちゃん軍団と比べたら、まったくめんどくさくない。とても品の良い可愛らしいおばさまだった。
でも人間力のない私には、 「踏み込まないでバリア」の向こうにいる彼女とややかみ合わない会話を続けて、何とか到着地点を探すのはそれなりに難しいことに思えた。「パソコン&スマホ一式持ってカフェまで出てくるよう説得する」という、一見難易度が低そうなことでさえ、私には出来ない気がした。
そして当時は「それは、やってはいけないこと=親切の押し売り」のような気もしていた。
でもそうだったのだろうか?
もうちょっと私に真の優しさと知恵があったら、Sさんをまずはお茶に誘い出し、美味しいコーヒー1杯飲むぐらいできたのかもしれない。
当時はまだ元気だったのだから、外出はできたはず。2回目に会ったときに、パソコンを持ち出してもらえばよかったのかもしれない。
「押し付けちゃいけない」と思ってばかりで、向こうから来るのを待っていただけの私だった。
Sさんが亡くなったあとこの番組をもう1度見直した。そして押し売りじゃなくて、「看板かけてお店を広げていればよかったのかな」と思った。色々やり方を工夫すれば良かっただけなのだ、たぶん。彼女の“ちょっとだけめんどくさいバリア”に合わせ、カスタマイズした方法で、お店をひろげて待っていればよかっただけなのかもしれない。
もう後の祭りだけど。
Sさんの訃報を聞き、すぐに教会の方に「わたし、何もできなかったです」と泣きながらLineをしたら、
「Sさんには皆、何もできなかったんですよ」
と慰めてくれた。そして
「でも、最後にちょっと不思議なことがあったのよ。ちゃんと天国に行ったみたいだからだ大丈夫」
と言ってくれたので、少し救われた。
「ちょっと不思議なこと」が何だったのかはここには書かないが、でもそうか、Sさんはちゃんと天国に行ったんだな、と思った。
Sさん、何もできなくてごめんなさい。いろいろ教えてくれてありがとう。天国でいつか会えますように。その時はコーヒー1杯ぐらい付き合ってください。
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