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【朝のコーヒー、午後のお茶】甘い記憶とマザーグース、そして40年目の真っ赤な真実
※「真っ赤な真実」は、大好きな米原万里さんの「嘘つきアーニャと真っ赤な真実」から頂きました。
これから書くのは今から40年ぐらい前、ほんの20分ぐらいの小さな家族のひとコマだ。ほんのわずかの時間の出来事なのだが、私はなぜかこのときのことを折に触れては思い出し、長い時間を生きてきた。
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ある日曜日のこと。たぶん午前中だったと思う。いつものように『兼高かおる世界の旅』を見た後ぐらいの時間帯、父と母とわたしは居間でのんびりゴロゴロしていた。
私は買ってもらったばかりの『マザーグースのうたがきこえる』という本を読んでいた。
マザーグースとは?:
イギリスや欧米で伝承されている童謡。イギリスでは「ナーサリーライム(Nursery Rhymes)」と言われる方が多い、と思います。韻を踏んだ詩も多くあります。
この本にこんな歌が登場する。 実際の本が今手元にないのだが、 こんな感じの歌だった。
注:「木曜日」は記憶を元にしており、他の曜日の部分は英語原文から私が訳しました。
月曜日生まれの子は、きれいなお顔
火曜日生まれの子 は、品がある
水曜日生まれの子は、悲しみいっぱい
木曜日生まれの子は、遠くへ行く
金曜日生まれの子は、愛情いっぱい
土曜日生まれの子は、働きどおし
そして日曜日生まれの子が、一番幸せ
きれいで優しく、陽気に暮らす
魅力的なイラストの本なのだが、とくにこの歌のページが好きだった。曜日ごとに違う個性と生き方をするであろう子どもの絵が描いてあって、きれいに韻を踏んだ詩も楽しかった。
何度も読み直し、両親にたずねた。
「わたしって何曜日に生まれたの?」
父は絵本を手に取って一読し、「なかなか面白い歌だねえ」としばし関心した後、
「ハナコは何曜日生まれだったかな? ちょっと真剣に計算してみよう!」
と言い、紙とペン、カレンダーを持ってきて計算を始めた。
しばし父と母はゴニョゴニョ言ったり「あれれっ!?」とか言いながら笑ったりして計算していた。
計算の結果、私はどうも木曜日生まれらしい、ということになった。
絵本の中の歌によると、どうも私は「遠くにいく」ことになるらしい。確か、子どもが電車の窓際にたち、外を眺めている絵が描かれていたと記憶している。
「そうか、ハナコはいつか遠くに行っちゃうんだねえ」
父がそんなことを言ったのを憶えている。
その後母が紅茶をいれてくれて、3人でマドレーヌを食べたことも記憶している。甘いマドレーヌを紅茶にひたしながら食べた、あのひととき。なんだかプルーストの『失われた時を求めて』の一説のようだが、確かにもう戻ってくることのない、何でもない日の本当にささやかなひとコマだ。
にもかかわらず、よくまあこんなにも鮮明にこの時のことを覚えているなあと思う。私の子ども時代は大変悩み深く、まあまあツラいことに溢れていたのだが、この時はいつもとは違う幸せな気持ちを感じていたのかもしれない。でないと憶えているはずないなあ、と思うレベルのほんの短い時間の出来事だ。
「子どもってツライわぁ」と思って生きていた子どもだったもので、今思い出しても子どもに戻りたいとは思わない。大人って大変だけど、自由だわ~。大人万歳!
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時々この出来事を思い出しながら、私は大人になった。
そしてあるときイギリスにやってきた。
あのマザーグースの本どおりに、私は遠くに来たのだった。そのことも何だか感慨深かった。
===
イギリスで暮らし始めて暫くたったある日、あの「幸せな記憶」の絵本に掲載されていた「月曜日生まれの子は~」から始める詩の英語版(原本)と思われる詩に巡りあった。
「おお、これが原本!」
と思って感激して読み始めた。
Monday’s child is fair of face,
Tuesday’s child is full of grace,
Wednesday’s child is full of woe,
Thursday’s child has far to go.
Friday’s child is loving and giving,
Saturday’s child works hard for a living,
And the child that is born on the Sabbath Day,
Is bonny and blithe and good and gay.
マザーグース(ナサリー・ライム)は表現が古めかしかったり、何か隠語的意味が隠されている場合もある。また直接的な表現ではないものの多く、私程度の英語レベルでは一瞬で意味が分からないことも多い。
でもこの詩はまあまあ分かるかな…と思って読んでいたのだが、木曜日のところで
「ん!? ムムム!?」
と思った。
父の計算によると私は木曜日生まれで「遠くに行くこと」ことになっているのだが…
Thursday’s child has far to go.
これって…「遠くに行く」って意味ではないんじゃないの???
「Thurday’s child goes (somewhere) far 」だったら「遠くに行く」だと思うけど、「has far to go」だから何だか違う…気がする。
そこで当時一緒の家に住んでいた友人(イギリス人)に聞いてみることにした。
友人にことの経緯を話した上で「意味を解説して」と頼んでみると、首を傾げつつ
「ちょっと難しい表現だし、はっきりこれ!って意味があるわけじゃないけど」と前置きしたうえで「何かを達成するまでまあまあ長い道のり、つまり目的にたどり着くまで時間が掛かる子、みたいな意味に読める」
というのである。
え~~~~、全然違うじゃん!!
遠くに行く子じゃないじゃん!
でも記憶の中では、挿絵は電車の中から窓を見てた子供だったよねえ、確か。
電車に乗ってどこかに行く子どもの絵だったよね。
だったら「遠くに行く」で良い気もするのに。
う~ん、う~ん、変だなあ。
と思ったところで約10年経過。しばらくは謎のままだった。
このたび、この詩を思い出し、ググってみた。
そして見つけましたよ、
あの本のあのページの英語版!
(↑リンクをクリックすると、ページの画像見られます)
お~~、懐かしのあの素敵なイラスト!記憶のまんまだわ~~!
と感激しつつ、画像を拡大して見てみた。
確かに私の記憶通り、木曜日の挿絵は「電車の中から窓の外を見ている子」だ。でも目線は、遠くにある船を見ているように見える。
つまり「船に乗ってどこか行きたいけど、船はとても遠いところにある」を表す挿絵で、友人が言うように「行きたい場所は遠い」「目的を達成するまでは遠い道のりになる子」という意味の詩なんだろうなあ。
というのが、あの日から40年たった現在のワタクシの結論だ。う~ん、絵本の翻訳は…やっぱりちょっと…間違っているのだと…思う…(と小声で言いたい…w)。
この翻訳を担当したのは「ゆらきみよし」さん。絵本ではひらがな表記なのだが、この方を調べてみると、東京大学名誉教授の由良君美(ゆらきみよし)氏に行き当たる。(由良君美氏のwikiはこちら)大変お偉いセンセイなのでした。
お偉いセンセイが翻訳してくださった絵本のおかげで、幸せな子ども時代の記憶があるのは事実だ。このセンセイの詳細を私はwiki以上には分からないが、「現地に行って、暮らしてみなければ分からぬこと」というのは案外多いのかもしれない、とこの一件で思ったりもした。
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さてこの話にはもう1個、オチがある。
ロンドンに来たばかりの頃は、自宅ではまだダイヤルアップをピコピコやっていた。しかし現在は生まれた日が何曜日かなんて、PCでもスマホでもあっという間に調べられる。
今回、この絵本のことを思いだしたので調べてみたのだが……
なんと私の生まれた日は
金曜日だった!(笑)
父はもう天国にいるのだが――
お父さん、あの時頑張って計算してくれたけど
間違ってたよ(笑)。
そして私は「金曜日生まれの子は、愛情いっぱい」だったらしいねえ。
子どものころは全然そう感じていなかったけど、今は大人になったし、そうだったのかもしれないねえと思っているよ。
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40年ぶりに知った、マザーグースを巡る私の小さな物語。この絵本(英語版オリジナル)は、イギリスのオンライン古本屋で手に入るようだ。
早速購入してみよう。そして紅茶を飲み飲み、マドレーヌをひたしつつ、改めて読んでみよう。
きっとまた、新しい発見があるかもしれない。
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