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20211/6

【ドキュメンタリー】2020年、日本の死刑執行はゼロだったけれど:NHK『事件の涙 死刑囚 最後の肉声』を見て。

ドキュメンタリー作品が大好きです。ものすごい本数見ているので、「ドキュメンタリー愛好家」を名乗ることにしました。これまでに見て心に残ったドキュメンタリー作品を紹介・記録するアーカイブ。素晴らしすぎて書かずにいられない作品を書き留めます。日本とイギリスの作品が多いですが、国を問わずどん欲に見ています。
4.0 out of 5.0 stars

年末に「2020年まとめ」的なニュースをたくさん見たが、コロナ以外では「(日本での)死刑執行が9年ぶりゼロだった」のニュースが1番印象深かった。その後もこのことについて考えている。

なぜ2020年に、法務大臣は死刑の承認印を押さなかったのだろう?

2020年に法務大臣の職についていたのは自民党の国会議員2名。

森まさこ(在任期間:2019年10月31日 – 2020年9月16日):
死刑執行1人(中国人の元専門学校生の魏巍(ウェイウェイ)死刑囚、2019年12月26日に起きた福岡一家4人殺害事件の犯人)
上川陽子(在任期間:2020年9月16日 – 現職):死刑執行0人

現職の上川陽子氏は、今回で3度目の在任である。前回は2017年8月3日 – 2018年10月2日(第3次安倍第3次改造内閣&第4次安倍内閣)であり、2018年7月にオウム真理教事件の死刑囚13人の死刑執行を許可したとして話題となった人物である。

↑7人の執行前日、上川氏が赤坂自民亭で「バンザイ」音頭を取っていたことも大きく報道された。(安倍首相(当時、左)、上川法務大臣(当時&現、右))

上川氏はオウム事件犯以外にも死刑執行を命じたことがある。これまでのところ計16人だ。この数を「法務大臣として過去最多」という報道を何度か見たが、実は最多ではないのだと<BuzzFeed>に書かれている。記事によると1989-93年に死刑が執行されなかった時期があり、再開後としては「最多」とのこと。

同じ<BuzzFeed>の記事には、田中伊三次氏(1966〜67年に在任)は1度に23人の執行命令書にサインをしたことあること、1948〜50年に法務総裁を務めた殖田俊吉氏は少なくとも33人、50〜51年に在任した大橋武夫氏(同)は少なくとも24人、52〜54年に在任した犬養健氏も少なくとも24人の執行を許可したこと等も紹介されている。

ちなみにwikiによると、93年以降、死刑執行数が多い他の法務大臣は以下の通り。

●鳩山邦夫(在任期間:2007年8月27日 – 2008年8月2日):13人
●谷垣禎一(在任期間:2012年12月26日 – 2014年9月3日):11人
●長勢甚遠(在任期間:2006年9月26日 – 2007年8月27日):10人

余談だが、上川陽子議員はカソリック信者なのだそうだ。わたくしはプロテスタント信者だが同じクリスチャン。彼女の死刑に対する見解は同じ神を信じるものとして、大変違和感を感じる。いくら時の内閣に雇われているからとて、こんなにサインが出来るものなのだろうかと…疑問だ。1人でも2人でも16人でも、1人1人重い命。しかし16人は…想像を絶する重みを感じる数字である。

上記の情報だけでも日本の死刑の多さに驚くが、こちらの表を見てさらに唖然とした。確実な数値ではないのでただの参考レベルとして受け取っているものの、1年間に39人も死刑執行されている年もある。戦前はもっと多かったのかもしれないが、戦後70年代前半までの死刑執行数の多さに…驚いた。

このようにちょっと調べるだけで日本がいかに死刑大国なのかが分かるし、現在でも死刑賛成&容認派が多数を占めている。

死刑反対派の私としてはげんなりする事実だ。

そんな中の「2020年は死刑執行ゼロ」―― 理由は何なのだろう?

2020年は東京高検黒川弘務検事長の定年延長問題、そしてこれに伴う検察庁法改正案(後に廃案)等、司法への不信感や、三権分立が揺らぎ、行政(=時の権力者)に牛耳られているのではないか?といった疑念もあった年だった。だから「ここは静かにしておこう」ということなのかな?と思った。

またはトンチンカン答弁が多かった森まさこ氏が「これ以上傷口に塩を塗らないために」、死刑命令書にサインしすぎた上川陽子氏が「またか」と言われないための、法務大臣への配慮なのか?とも想像した。

この話をヨウコさんにすると「コロナ禍だったからではないか?」という感想だった。

なるほど。コロナで多くの人が亡くなっている。そんな中に死刑執行は国民にとって重過ぎるし「今年は時期ではない」ということなのかもしれない。

私が考えても真の理由は分からないが、そんなことを考えながら、NHK『事件の涙 聞けなかった言葉 ~死刑囚 最後の肉声~』をやや重い腰を上げて見ることにした。

数週間前にヨウコさんからこの番組の存在を教えてもらったのだが、あまりに辛そうな内容なので、すぐに視聴できずに寝かせておいたのだった。

死刑について考えている今こそ見なくては。

番組内容(番組HPより引用
65年前、死刑囚の最後の3日間を克明に記録した1本の音声テープが残されている。そこから何をくみ取るのか、死刑と向き合ってきた人たちへの取材を通して探る。

65年前、死刑囚の最後の3日間を記録した1本の音声テープが残されている。そこには刑務官とのやりとりや家族との別れ、死刑囚が罪を悔いる様子、そして死刑執行の瞬間までが克明に記録されている。録音から何をくみ取るのか。家族を殺害され、加害者から最後まで納得のいく謝罪のことばを聞くことができず、やり切れない思いを抱いてきた遺族、弁護士や市民団体など、死刑と向き合ってきた人たちへ取材を通して探る。

NHK https://www.nhk.jp/p/ts/P2WVR66NRZ/episode/te/28M6R37M1W/

現在死刑は執行当日まで本人に知らされないが、2日前、または前日に告知され、家族と面会することが許された時代もあったそうだ。

テープには2日前の告知から執行時の音まで、足掛け3日の記録である。大変生々しい。

しかし生々しいのと同時に、どこかよそよそしいような…気もした。

65年前の録音なので、日常会話で使われている言葉が若干今と異なる。そのことに違和感もあるが、刑務官、死刑囚の会話が「ちゃんとしすぎている」気がしたのだ。

調べてみると、この死刑囚はたぶん1947年に神戸市須磨区で発生した「三人組拳銃強盗殺人事件」の犯人O(名前は調べられず)で、1955年死刑執行時は38歳だったようである。またこの音声は今回が初出ではなく、文化放送の「報道スペシャル『 死刑執行 』」で放送したものと同じようだ。

死刑囚Oは逮捕当時は荒くれものだったが、父の死をきっかけに改心し、後年は模範囚だったという(注:ネットで調べた情報なので不確実)。

音声からはその改心の感じは…よく分かる。刑務官とのやりとりも、執行を宣告されているというのに何だかとても落ち着いて、語り口も真っ当である。

↓こちらに書かれているのは、面会に来た姉との別れの場面だ。

言葉遣いもとても丁寧。しっかりと会話しているし、姉の言葉は心の底から絞り出したものだと感じた。

しかし…番組を全編見終えて、死刑囚の言葉や佇まいには気になる点が2つあった。

1つは、死刑囚Oが事件に対する反省を口にしている部分がほぼないこと。番組で紹介されているのは全53時間あると思われる録音の一部であり、本人は録音されていることを知らない(はず)。本当はどこかで反省を語っているのかもしれないが、番組を見る限りでは「立派に逝かないと」等、自分の死にざまをちゃんとしようという意思の方が強く伝わってきた。

もう1つは死を直前にして、こんなに「普通の会話」が成立するのだろうか?ということ。刑務官との会話は、内容はもちろん辛いのだが、受け答えにはどこか軽ささえも感じた。これが上記にも書いた「よそよそしい」と感じた理由である。

死刑囚のドキュメンタリーは日本以外のものも結構見ている。ヨーロッパはほとんどの国で死刑が廃止されているので、視聴済海外作品のほとんどはアメリカのものだが、死刑直前の死刑囚の様子を撮影した作品も多い。死刑囚は最後の最後までものすごく話し続けて自己を主張するか、ひたすら反省を述べるか、もう何も語れないかのいずれか…という印象がある。しかしこの番組の死刑囚Oはそのいずれでもない感じだった。

===

番組ではこのテープを岡山元同僚女性殺害事件の被害者、加藤みささんの父である加藤裕司氏が聞いている様子も紹介している。

加藤氏は「遺族に対してどこまでできてるのかは別として」「人間として反省として芽生えさせることができた」当時の拘置所の情のある処遇を評価したコメントをしている。

加藤氏は番組で紹介された部分より長く音声を聞いているのかもしれないが、もし私が被害者遺族(特に死刑囚Oに殺された被害者の遺族)であった場合、番組で流れた部分だけを聞いても到底納得できないと思った。

私は死刑廃止論者だが、もし身内や友人が殺害された場合に同じ意見を保てるかは分からないし「極刑を下してほしい」と思う気持はもちろん分かる。岡山元同僚女性殺害事件の犯人・住田純一はすでに死刑執行済である。

番組で紹介された加藤氏の現在の活動や話から、犯人が死刑になっても悲しみは終わらないし、むしろ求めるのは「極刑」ではなく「真の反省」であることがひしひしと伝わってきた。だからテープを聞いた後の加藤氏の反応は私には少し意外な気もした。

しかし巨大な悲しみを抱えて活動を続けてきた加藤氏だからこそ、見いだせた想いのようにも思った。私には、死刑囚の肉声以上に加藤氏の言葉の方が胸に迫った。悩み、悲しみ、考え続けて生き抜いている人の放つ言葉のはズシリと重く、心の底にずっと鎮座している。

===

ここからは番組を見ての、私の感想を交えた想像だ。

この音声テープは刑務官の教育用に録音されたとのことだが、録音を決めた大阪拘置所所長(1955年当時)の玉井策朗氏の真意は分からない。しかし「死刑やむなし」の教材として録音したとは思えない。

拘置所所長として、玉井氏はありとあらゆる罪びとを見てきたであろう。人間は優しくもあり弱くもあるが、モンスターにもなれることも知っているはず。更生の可能性が限りなくゼロに見える殺人鬼も見てきただろう。

でも、それでも、人間には人権がある。極悪非道人にも人権がある。また人間は最後まで変われる生き物のはずだ。玉井氏は大きな眼差しで、さまざまな人たちを寛容な眼差しで受け入れる器としての拘置所を目指していたのではないだろうか? 複雑な過去を持つ収監者の気持ちをできるだけくみ取り、最後までチャンスを与える場としての拘置所でありたいと願い、テープを残したのかもしれない。

私は拘置所にも刑務所にも行ったことがないので状況は分からない。拘置所は裁判中の被告人(未決囚)、そして死刑を待つ死刑囚がいる場だ。この場所で受ける待遇で、その後の裁判の行方も変わる可能性もあるし、更生の場となるかもしれない。また冤罪や不当判決の場合、諦めずに戦う覚悟ができるかもしれない。拘置所がものすごく重要な場所であることを、番組を見て改めて認識した。

===

この番組を見て、死刑についての考えはあまり変わらなかった。しかし拘置所の持つ意味と、そこで働く人たちの重責について改めて知り、考えるきっかけとなった。

NHK『事件の涙 死刑囚 最後の肉声』はU-NextAmazonプライム経由での視聴、またはNHKオンデマンド(直接)で視聴可能です。

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「死刑囚 最後の肉声」

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