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202011/6

【ドキュメンタリー】ETV特集『雪冤(せつえん)~ひで子と早智子の歳月~』

ドキュメンタリー作品が大好きです。これまでに見て心に残ったドキュメンタリー作品を紹介・記録するアーカイブ。素晴らしすぎて書かずにいられない作品を書き留めます。日本とイギリスの作品が多いですが、国を問わずどん欲に見ています。
5.0 out of 5.0 stars

死刑や冤罪関係のニュースやドキュメンタリーに、やたらと過敏に反応してしまう。特に冤罪については、他人事のようには思えないのだ。

無実の人たちが拷問によって自白を強要させられる。その自白は拷問から逃れるための作り話なのだからつじつまが合わない。しかしそれでも証拠として採用されてしまう不条理。

加え、子どもだって「変だよ」と言いそうな整合性がまったくない証拠でさえも、検察・検察は作り上げ、裁判官も認めてしまう不思議。

警察・検察はなぜそんなにえらいんだろうか? 真実を曲げる権利までも与えられているんだろうか? 

※全部の警察・検察・裁判官がそうだと言っているわけではありません、もちろん。

人権弁護士や支援者たちが、強要による自白内容を客観的に否定するための実験や証拠探しに奔走するも、採用されないことも多すぎる。

いろいろ…おかしいよ。

そして冤罪なのだから、誰にでも降りかかる可能性があるのだ。明日、私が何らかの無実の罪で逮捕されてしまうかもしれない。

そう考えると心臓が凍りつきそうになる。

ETV特集で放送さした『雪冤(せつえん)~ひで子と早智子の歳月』を視聴した。

「雪冤」とは、罪の無実を明らかにして、身の潔白を示すこと。この番組では犯人とされた本人が冤罪を主張している事件を取り上げているが、番組での主人公は本人ではなく、その家族である姉と妻だ。

<袴田事件>
●袴田秀子さん(姉)
1933年、静岡県・浜松市(現)生まれ(87歳)。死刑囚(現在釈放中)袴田巌さんの姉。6人きょうだいの下から2番目。巌さんの逮捕後、弟(末っ子)の無実を信じて闘ってきた。現在静岡市内のマンションで、釈放中の巌さんと同居中。
●袴田巌さん(本人)
1936年、静岡県・浜松市(現)生まれ(84歳)。1966年6月30日に起こった強盗放火殺人事件(いわゆる「袴田事件」)の容疑者として同年8月18日に逮捕。逮捕時は無実を訴えていたが、取り調べの厳しさから自白。1980年、最高裁で死刑確定。2度の再審請求を経て、2014年3月27日、静岡地方裁判所が再審開始と死刑及び拘置の執行停止を決定、東京拘置所から釈放。現在も「死刑囚」のステイタスは変わらないが、逃亡の危険性がないとして釈放が継続されている。

事件の詳細についてはこちらから:
wikipedia→こちら
無限回廊→こちら

<狭山事件>
●石川早智子さん(妻)
1947年生まれ、徳島県出身。「狭山事件」の犯人として無期懲役の判決を受けた石川一雄さんの妻。一雄さんの服役中、冤罪と再審を訴える支援活動に参加。一雄さんが1994年に仮釈放した2年後の1996年に結婚。
●石川一雄さん(本人)
1939年1月生まれ(82歳)、埼玉県出身。1963年5月1日に埼玉県狭山市で発生した強盗強姦殺人事件の犯人として逮捕(当時24歳)。取り調べ中ハンガーストライキをするなど強く冤罪を主張したが、のちに自供。一審の死刑判決後、再び否認。1977年、無期懲役が確定。1994年、仮釈放。2006年に起こした第3次再審請求は、14年たっても結果が出ていない。

事件の詳細についてはこちらから:
wikipedia→こちら
無限回廊→こちら

冤罪の疑いがある事件は多いが、「袴田事件」と「狭山事件」はその中でももっとも有名な事件である。

その他にも私が時々追っている「冤罪の疑いがある」事件はいくつかあるが、特に下記2つには注目している。死刑が確定した2人は、すでにこの世にいない。

名張ぶどう酒事件(1961年):三重県名張市葛尾(くずお)地区の公民館で発生した大量殺人事件(5名死亡、12名負傷)。1972年に犯人(とされた)奥西勝被告の死刑確定。冤罪を訴えていたが、名古屋拘置所で獄死(享年89歳)。
無限回廊に事件の詳細が書かれています)

↑名張ぶどう酒事件についてはたくさんのドキュメンタリーが作られています。結構見ているので、この事件についてもいつかまとめます。

飯塚事件(1992年):福岡県飯塚市で2人の女児が殺害された事件。起訴された久間三千年(くま みちとし)に対し、2006年死刑確定。2008年に執行。現在最高裁に特別抗告中。(日本弁護士連合会サイトの記述はこちら

↑飯塚事件を「冤罪だった可能性」から描いた、NNNドキュメント『死刑執行は正しかったのか 飯塚事件 “切りとられた証拠”』(2013年7月28日放送)について雨宮処凛氏が書いた記事。

また冤罪であったことがすでに確定し、再審無罪になった事件もある。しかし数は少なく、戦後に無期懲役以上の判決が下った例で、現在までに再審無罪判決に至った例は7件のみだ。

下記2つの冤罪事件で再審無罪となった菅家さんと桜井さんは、現在、冤罪の帽子、そして事実を伝える活動している。

足利事件:1990年5月12日、栃木県足利市のパチンコ店で行方不明となった女児(4歳)が死体で発見された事件。幼稚園の送迎バスの運転手菅家利和さん(当時43歳)が逮捕され、2000年に無期懲役確定。しかし再審でのDNA鑑定(再)により2010年に無罪(冤罪)となった。

布川事件:1967年に茨城県利根町布川(ふかわ)で発生した強盗殺人事件。犯人として桜井昌司さん(当時20歳)と杉山卓男さん(当時21歳)が逮捕された。しかし犯行を実証する物的証拠が少なく、自白と現場の目撃証言のみだったため、冤罪の疑い高いと言われていた。1978年、無期懲役確定。1996年、仮釈放。その後も無実を訴え、2005年に再審開始が決定。棄却・特別抗告等を経て、2011年に再審無罪判決。(杉山さんは2015年死去)

===

前置きが長くなったが、番組の話に戻る。

※私は袴田巌さん、石川一雄さんを冤罪の被害者だと思っているので、下記はその前提のもとに書いています。

■「もし」は遠い話ではない

もし明日、自分が誤認逮捕されてしまったら? もし家族が明日、犯してもいない罪に問われ、「殺人犯」になってしまったら?

この「もし」はとても遠い話のようにも聞こえるが、この番組『雪冤(せつえん)~ひで子と早智子の歳月~』は、それが決して遠い話ではないことを力強く語っている。

冤罪の残酷さをキリキリと描いているのではない。死刑囚と無期懲役囚、冤罪(と思われる)2人を支えた女性の生き方を通し、それがいかに長い歳月であるのか、終わらぬ闘いのどこに希望を見出しているのか、を静かに描いている。

私が袴田事件に興味を持ったきっかけは、沢山作られている映像作品がきっかけであり、狭山事件については、上記でも紹介した「無限回廊」の詳細な記述を読んだからだった。

袴田事件の警察による捏造に驚き、そして狭山事件は脅迫文の内容も含めた事件としての奇妙さに震え上がった。

↑袴田さんに死刑判決を出した元裁判官が出演したこのNNNドキュメント『我、生還す― 神となった死刑囚・袴田巖の52年』(2018年)も衝撃だった。萩原聖人さんのナレーションもとても良かったです。

上記に少し例をあげたが、「冤罪の疑いがある事件」は調べると本当にたくさんある。そして裁判で1度判決が下ると、再審でひっくり返すのは恐ろしく困難、かつ半永久的な時間を要する。

微罪と言われる犯罪での冤罪はたぶん数えきれないぐらいあるのだろう。冤罪を訴え続けたが、すでに死刑になってしまった人もいる。

死刑になってしまったら…もう取り返せない。

■なぜ闘わなくてはならなかったのか?

ひで子さんと早智子さん、2人の女性の生き方と佇まいには、誰もが胸を打たれるだろう。

ひで子さんは、巌さんともともと家族だった。早智子さんは、仮釈放後、一雄さんと家族になることを選んだ。その点において、2人には違いがある。でも共通するのは、自らが顔と名前をさらけ出し、矢面に立って闘う決意をしたこと。

特にひで子さんは、巌さんのきょうだいの中で唯一顔を出し、ずっとずっと巌さんが無実であることを証明しようと闘ってきた人だ。彼女個人としての人生をほぼ投げうち、ずっとこの闘いに身を投じてきた。

世間からのどれだけ冷たい視線を投げかけられてきたかを思うと、いたたまれない。しかしひで子さんのどこか大らかであけっぴろげな雰囲気に、見ている側も救われる。

彼女だから、これだけのことをやり遂げたのだろうと納得する。ひで子さんがいたから、巌さんは仮釈放された。仮釈放されてもなお、再審請求が棄却されるという司法の不思議に苛立ちと絶望を覚えるが、ひで子さんには「ずっと闘ってきた。何度もぺしゃんこにされた。でも闘い続けて、物事を動かしてきた」という実績がある。

その強さ…。本当にすごい。陳腐な言葉だが「すごい」としか言いようがない。

また番組では、一雄さんと早智子さんの持つ「被差別部落」のバックグラウンドについても触れている。この部分はこれだけで大きなテーマである。私が育った町にも被差別部落があったので、子どもたちの間にある部落問題も間近で見てきた。それだけにこの部分もとても興味深かった。

早智子さんは一雄さんの無実、被差別部落への偏見の2つに対し、ずっと闘い続けている。

2人の女性の行動に見ている側は勇気をもらうのだが、しかしそもそもなんで2人は闘わなくてはならなかったのか?とも強く思う。

もっと穏やかな人生が送れたはずなのに、奪ったのは誰なのか?

2つの事件が冤罪であることは、弁護団による検証や証拠、自白を覆す事実から明らかだ。しかしなぜ警察・検察・裁判所は「間違っていました」と言えないのだろう? 

被疑者2人だけでなく、2人を取り巻く家族や大切な人の人生を大きく変えてしまっているのに。

きっと、覆せないシステムが確立しているのだろう。でも…それって、どう考えてもおかしい。「そういうものだから」では済まされない。

改めて憤りを感じた。

■死刑と無期の間にあるもの

袴田さんは死刑囚、石川さんは無期懲役。どちらも重い罪だが、2人を見る場合、死刑と無期の間にある大きな違いも感じる。

無期が軽いと言っているのではもちろんない。何十年もの苦痛・服役・闘い。時間は取り戻せない。しかし、冤罪で殺されてしまう可能性のある死刑は、国が正義の名のもとに、取り返しのつかない大犯罪を犯す可能性もあるということ。

人間は完璧ではない。間違いを犯す。100%正しい裁判制度もない。ましてや警察・検察・国の隠ぺい体質がこれだけ明るみになっている現在、誰かエライ人の都合で、人が亡くなっても、人生を台無しにしても「それは仕方がない」という風潮があるようにさえ思う。

袴田さんは死刑判決を受け、いつ執行されるのは分からぬ恐怖の日々の中で、拘禁症状が悪化。釈放されている現在も、「別の世界」で生きてる様子が番組からもよくわかる。妄想の世界を作らなくては生き続られない、想像を絶する恐怖下で生きてきた。

遺族の立場になれば、「犯人は死刑も当然」「極刑を」と思うのは分かる。しかし、完璧にはなりえない人間が裁くのである限り、冤罪がこの世から“絶対なくなる”と誰も断言できない。

「多大な税金を使って、極悪非道人を生かしておいてよいのか?」という声も良く聞く。

私はそれに対しても「よいです」と思っている。

すべての事件に冤罪の可能性がゼロではないのだからというのが1つの理由。だが、もっと大前提として「人が人の命を奪う権利はない」と思っている。それが何十人を殺害した猟奇的殺人犯だとしても、だ。

この部分の議論は難しい。親しい人であっても真逆の意見であることも多く、辛い会話になってしまう。理想論と一括されることもあるが、そうだろうか? それが基本的人権なのだと思うのだが…。

家族・親戚、そして自分がこういった事件巻き込まれたケースがないから呑気に理想論を語っているのかもしれない。でも、「もし」はすぐそばにあるのかもしれないことを、このドキュメンタリーは教えてくれる。

もし」に備えて今私が何かを準備する必要はないと思うが、「もし」に陥ってしまった人の事を知り、考え、何か出来ることを探したいなとは思っている。

小さいことだけれど、それが冤罪を防ぎ、かつ死刑廃止につながると信じているからだ。

番組は「NHKアーカイブス」から視聴できます。こちらから。




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