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201911/30

【ドキュメンタリー】「NHK特集ショパンコンクール’85 ~若き挑戦者たちの20日間~」

ドキュメンタリー作品が大好きです。これまでに見て心に残ったドキュメンタリー作品を紹介・記録するアーカイブ。素晴らしすぎて書かずにいられない作品を書き留めます。日本とイギリスの作品が多いですが、国を問わずどん欲に見ています。

「NHK特集ショパンコンクール’85 ~若き挑戦者たちの20日間~」

映像からキャプチャしましたので(c) NHK日本放送協会の画像です、たぶん。

「『ブーニン現象』を憶えている」と言うと、確実に歳がバレる(笑)。調べてみたら1985年だった。この時代のことをはっきり記憶している人は、隠しようもなくある程度の年齢に達している(そして私は「ある程度」を越えて「かなりの歳」に達しておるだが 笑)。

ブーニン現象とは:1985年開催の「第11回 国際ショパンコンクール」で、ソビエト連邦出身の19歳、スタニスラフ・ブーニンが優勝した。この模様が日本で「NHK特集ショパンコンクール’85 ~若き挑戦者たちの20日間~」として放送されると大きな話題を呼び、いきなりブーニンが大人気! すぐに来日公演が組まれることになった。その後ブーニンは1988年にソ連から西ドイツに亡命。ドイツで出会った日本人女性と結婚し、現在は日本在住。妻の中島ブーニン・栄子さんの記事はコチラから読める。

私は子どもの頃からピアノを習っていて、児童合唱団に入っていたり、鼓笛隊でフルート吹いたりしていた。だから音楽とはそれなりに親しんで子ども時代を過ごしたのだが、ピアノは終始一貫、ずっと下手っぴだった。週1回、先生が我が家に来て兄と私のピアノレッスンをしてていたが、「時間ぴったり」に来てくれる先生だったので、私も「時間ぴったり」に先生到着の30分前から渋々練習をはじめ、レッスン終わったら1週間ピアノの鍵盤に触らない…みたいな、割とよくあるタイプの“普通に”ダメな生徒だった。

そんな“普通に”ダメな生徒だった私が、突然、もーぜんとピアノを弾きだしたのは、この番組を見た翌日からだった。特にショパンが好きだったわけでもなく、ブーニンの弾き方(指を立てて上からものすごい圧力ではじくみたいな弾き方)はかっちょ良かったけど「音に感動した!」とかでもたぶんない。

私は単に、このドキュメンタリーが好きだったのだ。

番組をビデオに録画していたので、私は放送後狂ったように何度も何度もこの番組を見直した。 親に「よく飽きないね」と呆れられるぐらい見続けていた。 学校から帰ってきておやつ食べながら1回見て、そしてピアノ弾いて…みたいな日がしばらく続いた。いわゆる「マイブーム」である。

何であの番組がそんなに好きだったのかな? と今改めて思う。

1つはこの番組で「ポーランド」という国のことを知った、ということがある。何だかやたらと寒そうで暗そうな、重い街並みの風景がいいなあと思った。知らない遠い国。「いつか行けるかな?」と思ったが、35年経った今も、実は未だに行けていない。

近々絶対行きたい国の1つ、ポーランド。でもポーランドまで行くのに「アウシュビッツに行かないのか問題」というのが私の中でずっとあり、其れで行けないのである。アウシュビッツにいつか行かねば。でも怖くて行けないの狭間でグルグル中。ひとまずワルシャワだけ行けばいいのだけどね。
Photo by Valik Chernetskyi on Unsplash

この番組の主役はピアノに人生を賭け、戦っているいろんな国の若者たちだ。もちろん主役なのだから印象的に描かれている。ミステリアスな国“ソ連”の何だかとてつもない天才っぽい、しかも(日本人的には)名前にもインパクトがありありの優勝者“ブーニン”は、この番組1本で日本では大スターになった。

だが私がこの番組を見るたびに若者以上に見入ってしまったのは、若きピアニスト支える裏方の人たちだった。コンクール中、娘にピアノ以外のことをさせないために同行した。幼いころから教えてきた生徒の夢を託すピアノ教師。この年から初参戦した、日本のピアノメーカー(多分YAMAHAとKAWAI)の社員や調律師たち。彼らの裏側にある物語も出場者同様、深そうだった。ピアニストとは異なる厳しい戦いがあるのだろうなあと思い、いつもその部分になるとおやつの手を止めて見入ってしまったものだった。

この番組を見た何年か後に、ピアニストである中村紘子さんが書いたエッセイ「ピアニストという蛮族がいる」 と 「チャイコフスキーコンクール」を読んだ。面白すぎた。音楽家になることがどんなに大変なことなのか、そして音楽家としての人生のすさまじさみたいなことが、ちょっと笑える文脈で書かれていてグイグイ読んでしまった。

本を読みつつ「音楽家や芸術家になりたい子どもがいる家庭」と「子どもを音楽家や芸術家にさせたい親のいる家庭」の大変さに思いを馳せ、なぜこの番組「NHK特集ショパンコンクール’85」をあんなに見入ったのか、わかったような気がした。

ピアニストという蛮族がいる (中公文庫)

チャイコフスキー・コンクール―ピアニストが聴く現代 (中公文庫)

私は毎年放送している「ローザンヌ・バレエ・コンクール」の模様や、出場者を追ったドキュメンタリーも好きなのだが、多分同じようなことが気になって見続けているのだろうなあと。美しい芸術裏にある壮絶な戦いは、現実としては私からは遥か遠くのものだ。でも人間臭さ、泥臭さもぷんぷん匂う。私たちが営む「普通の生活」で、日々行われている戦いとそんなに変わらない匂いがする。遠くの知らない世界、でも同じ匂いもちょっとする。その辺のギャップが興味深くて見てしまうのかもしれない。

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放送後、日本は青年ブーニンに夢中になった。コンクール優勝後、あっという間に来日公演が行われたと記憶している。初公演に黒柳徹子とか呼ばれているのをテレビで見たが、そこに来ていた音楽評論家の吉田秀和にこっぴどくこき下ろされていて、なかなかの衝撃だった。(おぉ、厳しい…的なこきおろしっぷりだった。)ブーニン的にも満足いく公演ではなかったようで、公演後に「私にできるのは、次の公演でより良い演奏をすることだけです」 (←記憶なので曖昧です) 的なことを言っていたのも印象的だった。芸術家として人前にさらされることの厳しさみたいなのを短い映像から感じて、何だか切ないような気持ちになった。

とまあこんな感じでしばらくは「ブーニン現象」を私も斜め追いしていたのだが、半年ぐらいで「ショパンコンクール」マイブームはすっかり終了してしまった。残念ながらピアノは大してうまくならなかったが、この番組のおかげで集中的にショパンを聞いた。今も私に残してくれたなけなしのクラシック知識のほとんどがこの半年に蓄積(ってほどでもないのだが)したものである。 今でもショパンだけは「ちょこっと知ったかぶりができるときがある 」という意味では大変ありがたい。

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マイブーム後はこのドキュメンタリーのことを忘れて過ごしていたが、3年後の1988年、衝撃のニュースを知った。ブーニンが西ドイツに亡命したのである。

ブーニン様はすでに西欧諸国で活動していたので、別に日本のせいではないのだと思うが「日本が大騒ぎしてちやほやしたから亡命したのかな?」と状況が分からない私は思ったりもした。

しかしブーニン亡命の翌年1989年にはベルリンの壁が崩壊し、3年後の1991年にソビエト崩壊。世の中はガラガラと音を立てて変化した。「亡命翌年」からの急速な変化を、ブーニン本人はどう思ったのだろうか?

ブーニンの妻は日本人で、現在は日本在住。ソビエト→西ドイツ→日本の3つの国を渡る間に西ドイツもソビエト連邦もなくなった。この方の人生も大変興味深いのである。

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久々にこの番組を見直してみた(ぐぐると全編簡単にでてきます)。

出場者たちのその後が気になり、検索してみた。検索可能な人もいれば、全く出てこない人もいる。順調な人もいれば、そうでもなさそうな人もいる。

何かに全力で賭けた人々の「それから」のことは、渦中にいたときの話以上に知りたいと思う。そういうドキュメンタリーをいつも探している。

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