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【朝のコーヒー、午後のお茶】「ハルヴァを探して」

ヨウコさんはあまり同じ本を再読しないとのことだけど(参照:「競売ナンバー49の叫び」を再読)、私はどちらかといえば再読する派かもしれない。

とはいえ全編を再読することは少ない。気に入った箇所だけ開いて、何度も読み返したり、はまあまあやっている。

そんな一冊が、米原万里さん著の『旅行者の朝食』だ。

旅行者の朝食 (文春文庫)

米原さんのことが好きすぎて、当サイトで何度も書いている。それぐらい米原さんの著作が大好きだ。

ピリッとした口調なのにクスッと笑える冗談も満載し、読み手をぐいぐい引っ張ってくれる。その饒舌さに毎度毎度圧倒されるが、「圧倒されたくて読んでいる」と言うのが実は本音なのだ。米原さんの手にかかれば、その辺に落ちている石ころだってスターになれる。その石が生まれた起源から、私の足に踏んずぶられるに至った「なれの果て」までを、知的で深く、かつ下ネタなんかも織り込んだ壮大な叙事詩に仕立ててくれる気がする。読めば読むほど「次も次も」と思うので、結局著作はほぼ全部購入し、すべてロンドンの我が家の本棚に収まっている。

この『旅行者の朝食』は食べ物にまつわるエッセイ集。米原さんの食に対するあくなき好奇心がみなぎる作品集だが、特に「トルコ蜜飴の版図」の章は何度繰り返し読んだだろう?

米原さんは小学3年生からの5年間をチェコスロバキアの首都プラハで過ごした。エッセイにはソビエト大使館付属学校の同級生イーラ(ソ連出身)が里帰りのお土産に買ってきた「ハルヴァ」という名のお菓子が登場する。

靴磨きのクリームのような丸くて青い色の缶に入った、ベージュのペースト状のそのお菓子。イーラは缶から紅茶用の小さなスプーンでこそげるようにすくい、かなりもったいぶって1口ずつ舐めさせてくれるのだが、その味に少女マリ(=米原さん)は仰天する。

「初めてなのに、たまらなく懐かしく」「噛み砕くほどにいろいろなナッツや蜜や神秘的な香辛料の味が湧き出てきて混じり合う」そのお菓子を、「美味しいなんてもんじゃない」と断言する。

心優しき少女は、その美味しさを両親や妹にも味わってほしいと子供なりに手を尽くしてハルヴァを入手しようとするのだが、「ハルヴァ」という名の菓子は案外容易に見つかるものの、「青い缶のハルヴァ」ほど美味しくないのである。

たった一口で少女を虜にした魅惑の「ハルヴァ」。ここまで書かれたら誰だって食べたくなるというものだ。少女マリが悶絶しながら美味しさを称賛する描写を読みつつ、「ハルヴァを舐め舐め濃い紅茶を飲んだらさぞ美味しいのではないか?」と思ったのだが、それは私がピーナッツバター(ナッツのペーストという点で、ハルヴァと共通項がある)を舐め舐め紅茶を飲むのが大好き、という、あまり人に言ったことのない超個人的嗜好があるからだ。「ピーナッツバターですって? そんなのとハルヴァを一緒にしないで!」とピシャと言い放つ少女マリの声が聞こえてくる気もするのだが、妄想すればするほど食べてみたくて仕方ない。「いろいろなナッツと神秘的な香辛料の味」って一体どんな味なんだろう?

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↑蛇足ですが、ワタクシが好きなピーナツバターはコチラです。

以来私はずっとハルヴァを探している。ロシアから東欧、そして中東まで、幅広く様々な形態で存在しているお菓子らしく、実はイギリスでもトルコやポーランドの食材店で「ハルヴァ」と書かれたペーストはよく見かける。そのたびに買ってみては急ぎ足で帰宅し、いつもより丁寧に紅茶を入れる。そして琥珀色のペーストをこそげとり、うやうやしく口に運んでみるのだが、うーん、美味しいことは美味しいのだけれど仰天するほどじゃないのよね。これまで結構な数のハルヴァを食べたけれど、悶絶するほどの美味しさには出会えていない。そして「青い缶」のハルヴァにも、いまだにお目に掛かれていない。

↑ 何となく東欧っぽいティーセットでハルヴァを食べたら美味しそうな…そんなイメージ。

いつか青い缶のハルヴァを食べながらうっとりと紅茶を飲みたいなあ。そう思って10年以上の月日が流れ、もう米原さんはこの世にいない。

改めて彼女の来歴を見ると、単著のデビュー作は1994年出版の「不実な美女か貞淑な醜女か」。2006年に死去しているので、作家生活はたった12年。短い年月にたくさんの本を残してくれた。でももっとたくさんの著作を読みたかった。

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

青い缶のハルヴァを舐めつつ紅茶飲んで、米原さんの本を読む昼下がり。ああ、想像しただけで最高だ。私のハルヴァ探しはまだ続く。いつか青い缶に出会えることを夢見て。

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