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【ややネタバレ有】ドキュメンタリー『カルロス・ゴーン:最後のフライト』世紀の大脱走、その一部始終を「自分解説」
TOP画像:BBCオンライン版のキャプチャ画像より。Copyright © 2021 BBC
ドキュメンタリー作品が大好きです。ものすごい本数見ているので、「ドキュメンタリー愛好家」を名乗ることにしました。これまでに見て心に残ったドキュメンタリー作品を紹介・記録するアーカイブ。素晴らしすぎて書かずにいられない作品を書き留めます。日本とイギリスの作品が多いですが、国を問わずどん欲に見ています。
4.5 out of 5.0 starsBBCのドキュメンタリー番組「Storyville」は英国内外の事例を骨太な視点で描いた作品を放送・配信しているシリーズだ。
大好きな番組なのでほぼ全編見ているが、私はテレビを持っていないこともあり、通常はBBCのオンライン配信プラットフォームでテレビ放送後にアーカイブから視聴している。しかし『カルロス・ゴーン:最後のフライト(Carlos Ghosn: The Last Flight)』(99分)は違った。2021年7月14日22時~の初回放送時、リアルタイムで視聴した。
↑予告編。山下元法務大臣がなぜYoutubeのサムネイル&扉画像になってるのか…。確かに山下氏はちょこっと出てきます。
番組のタイトル通り、本作は元日産CEO(逮捕時は代表取締役会長)だったカルロス・ゴーンについての「大脱走」についてのドキュメンタリーだ。
===ここから少しネタバレしています===
番組の内容的に、日本でもいつか放送される番組と思われます。前情報なく日本放送時に視聴したい方はご注意下さい。
前半35分は前振りであり、ゴーンのこれまでのキャリアを駆け足で追っている。ミシュラン→ルノー→日産と国の垣根を越えて自動車産業界のエレベーターを昇るプロセスを、ゴーン自身の解説に加え、元同僚、ジャーナリストが解説している。
『最後のフライト』というタイトルなこともあり、視聴者は皆「大脱走劇がどんな風に行われたのか?」が知りたくてこの番組を見ているはずだ。でも番組構成上、前振りはある。日本人の私にとってゴーンは超有名人。すでに知っている事もあるので、前半は「退屈するかな?」と思いつつ見ていたのだが、いえいえ、これがそうでもないのだ。ゴーンのミラクルキャリアをテンポよく解説し、なおかつルノーの元偉いさんやジャーナリスト等、いくつかの視点を散りばめているのでまったく飽きない。
私が個人的に印象的だったのは、ルノーの元CEO(1992~2005年)であるルイ・シュバイツァー氏のそこそこ辛辣な語り口。ゴーンが情熱的かつアグレッシブなビジネスマンであることを語り、「失敗はカルロスのオプションになかった」と、褒めているのか、褒めたふりしてディスっているのかよく分からない表現でゴーンを形容する。
↑ルイ・シュバイツァー氏。
その上でインタビュアーに「彼の事が好きでしたか?(Did you like him?)」と聞かれるのだが、シュバイツァー氏は即答できない。首をひねって「う~ん…」と濁した後、
「彼がやったことはすばらしいと思います(I like what he did)」
と答えた。このひとことで、2人が明らかに「ビジネスはともかく、人間関係的にはあんまり上手くいってなかったのね」と分かる。日産とルノーの業務提携について、シュバイツァーはゴーンの手腕を高く評価しているようなのだが、ちょっとした表現に冷ややかな関係性が見えてくる。
それとは対照的なのが、番組内でゴーン寄りのコメントをし続けている「ル・フィガロ」紙の記者、ベルティーユ・バイア―氏の意見。
↑ベルティーユ・バイア―氏
彼女はフランスから日本に「行かされ」、全く違うカルチャーのところで苦労して実績を残したゴーンにシンパシーを感じているのかもしれない(と私は感じた)。ゴーンが饒舌に話す「自己肯定」だけだと、作品そのものが単調になり「ゴーンの自己弁護番組なの?」と一気につまらなくなる。しかし要所要所に彼女のコメントが入ることで、視聴者は「んん?そうでない見方もあるわけね」「フランスでは見え方が違うの?」と、一歩引き、ちょっと考える機会が与えられる。
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さて、ここからは中盤・後半の36分~99分までについて。
この手のドキュメンタリーの多くはなかなか核心に行きつかないものだ。長々と前振りをやり、視聴者は「そんなこともう知ってるよ!」とイライラしながらも見続け、結局皆が見たいところは「最後の10分だけ」なんてのも多い。
でも本作はちがう。たっぷり1時間、事件について描いている。
ここからは現在の妻キャロル・ナハスがもう一人のストーリーテラーになる。ゴーンの独白を少しだけ離れた目線で、でも自分の言葉で語る。当然ゴーンの味方視線だが、違う言葉でダブルに解説されるのでより分かりやすいのだ。
↑ゴーン(左)と、妻であり偽証容疑で逮捕状が出ているキャロル・ナハス容疑者。
基本的にはとにかくよくしゃべる(印象の)ゴーンが自分の主張と時間軸を基に事件について話すのだが、そこに、
●妻・キャロル
●元検察官(高井康行弁護士、でもこの人は事件に何も関係がない。昔検察特捜部にいたってだけ)
●元法務大臣(山下貴司貴司衆議院議員)
●ゴーンの弁護士2人(弘中惇一郎弁護士、高野隆弁護士)
●ゴーンと共に逮捕されたグレッグ・ケリー被告
が登場し、各々の立ち位置での見解が交錯する。
↑現在も日本におり、判決を待つケリー被告(左)。保釈中である。
しかし…元検察官の元法務大臣のコメントは正直「色添え」にもなっていない。この2人コメント、必要だったのだろうか?とはいえ、「日本の検察、正しいし!」と証拠もないのに言い切る元検察官の主張は、海外から見ると「日本ってそんな国なの?(そんな国よね(笑))」と面白く映るかもしれない。
特にゴーンの弁護士だった2人とケリー被告の長めのインタビューを持ってこられたのは本当に本当にスゴイ。この3人がいることが、後半の面白さに繋がっている。
↑弘中惇一郎弁護士。
↑高野隆弁護士。手越会見でも話題に。
特にケリー被告。ボスにトンずらされ、一人東京に残って裁判を受けている。彼が今どんな様子なのかがしっかり見られるので興味深いのだ。
ケリー被告、よく取材受けたな~と思う反面、取材を了承したのは「最高の反論の機会」と思ったのかもしれないなあとも。しかしその辺についてはドキュメンタリーではあまり語られていない。
後半のクライマックスは「どんな風に大脱走が行われたのか?」を、再現ビデオに加え、実際のCCTVの映像・画像、ゴーン自身の解説で、時系列通りに描かれている。
この部分はまるで映画のよう(いつか映画化されそう)。「ホントにこんなことやったんだなあ…」と改めて驚くレベルの大脱走劇だったことが分かる。
本人が「(飛行機の)離陸を待つ30分がとても長く感じた」と言っているが、まあそりゃあそうでしょうよ(笑)。
スリリング満点、ぐっと引き込まれた後半だったが、「脱走成功!」「あっぱれ!」で作品が終わってしまうと、ゴーンがスターのようになってしまうなあ…と思っていたのだがそんな風には終わらなかった。締めはケリー被告の現在に焦点が当たっている。ここでしっかり現実に引き戻されることに、監督の「良い意味での」意図を感じた。
<わたしの個人的感想:まとめ>
おそい夕食を取りながら見始めたのだが、食事が終わってもそのまま見続け、99分一気に見切ってしまった。
ゴーンへのロングインタビューを軸に製作されているので、ゴーンの独善的な意見が紹介されている部分が多いのは仕方ない。そして番組の主人公はあくまで「大脱走」。今年3月~6月まで、13回にわたって行われたケリー被告被告人質問で争われた内容に深く突っ込んでいないので、ゴーン&ケリー逮捕の真相は番組では明るみになっていない。
●ゴーンというビジネスマンがいたこと
●ゴーン側の言い分
●すごい大脱走劇だったこと
をしっかり見せた上で、
さあ、視聴者はこれをどう見る?とカードを投げられた気がした。
それから…これは些末なことだが、非日本人相手に仕事をする者として見逃せなかったことは、ゴーンの英語と饒舌さだ。
ゴーンの英語は発音ものすごく癖がある。聞いている分は「ガイジン英語」なので分かりやすいが、流暢というわけではない。
でも…とにかく饒舌。弾丸のように話す。
そして話慣れていることも分かる。
この弾丸英語と共に、国際舞台でずっとやってきたんだろうなあ。
日本では寡黙であることが「良い事」とされる場面が多い。「言わなくても空気読め」とか「言われなくてもやる」とか、「黙って忍耐するのが美徳」とか。
でもそれは日本でだけ通用することだと改めて思う。海外では通用しない。
私がイギリスにいて学んだことの1つに「言わなきゃ何も伝わらない」「言わなければ何も思っていないのと同じ」ということ。
寡黙な国際的経営者って…多分いないと思う。
だからこそ、ゴーンが日本で煙たがれたんだろうなあ。それもよく分かる。
ビジネスカルチャーは国によって異なるが、国を越えて戦うべきときは黙っててはダメなのだ。「文法なんて間違ってもいいから、話さなきゃ負け」なことを、ものすごく分かりやすく伝える作品としても面白かった。
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