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【遠くで暮らす、両親のこと】あるおじいさんの死

*【遠くに暮らす、両親のこと(高齢者の環境/医療/介護)】
日本の地方の街に住む70代の両親にやってきた老後。遠い国(イギリス)に住む私に何ができるのか? これから両親のこと、高齢者を取り巻く環境や医療、介護のことについて考えながら書いていきたいと思います。

そのおじいさん(日本人)は、私の自宅(ロンドン)の近くに住んでいました。私は2年前の7月に今の家に引っ越し、その翌月に2駅先の場所にある教会(※)で行われている日本語礼拝でおじいさんと知り合いました。

(※ワタクシはクリスチャン(プロテスタント)です。ロンドンにはいくつか日本語で礼拝をおこなう教会があるので通っております)

知り合ったとき、おじいさんは84歳。体は細いのですがお元気そう。自分で車を運転して教会に来ていました。

初めて行った教会だったので皆の前で「自己紹介」をすると、礼拝後のお茶の時間におじいさんの方から声をかけてきました。

「あなたたち(=私と旦那のヒト)も●●(←地区名)に住んでるのね。僕もそこなのよ。何か困ったことがあったらいつでも連絡頂戴」

といって住所と電話番号が書かれた名刺をくれました。

ところがこのおじいさん、「実は明日から入院して明後日肺がんの手術を受けるの。だからちょっと留守するけれどすぐに帰ってくるからさ」と言うのです。

知り合ったばかりだけれど…手術が終わったら病院にお見舞いに行こう。そう思って手術後3日目にメールをしたら「明日退院しますよ」と返信(自分のスマホから自分で返信)が来て拍子抜け。日曜日に出会い、次の土曜日には退院してきたおじいさんと自宅で再会しました。

そんな風にこのおじいさんと知り合いました。

おじいさんのことを私たちはS先生と呼んでいました。S先生が日本を出たのは戦後の連合国による占領が終了した翌年の1953年。まずアメリカの大学・大学院で神学と哲学を学び、その後1960年にイギリスに移りエジンバラ大学の博士課程で学びました。博士課程の途中でロンドンの小さな日本人クリスチャンの集まりに「牧師として来てほしい」と招かれ、ロンドンに転居。以来ずっとロンドンに住んでいました。

数年後、S先生は集まりを次の牧師に手渡して同時通訳として活躍し始めたそうですが、教会は持たないもののさまざまな日本語教会に顔を出し、「市井(しせい)の牧師」として多くの人に関った方でした。

S先生が現役で同時通訳をしていた時代のことを私は知らないのですが、出会った2年ちょっと前も「市井の牧師」としては現役でした。日本語教会の集まりにはほぼ皆勤賞。さまざまな在ロンドン日本人の会に顔を出し、家には毎日誰かが訪れ、お茶を飲みながらおしゃべり。クリスチャンかそうでないかはまったく関係なく、幅広い年齢層の人たちに慕われていました。そして数年前からパーキンソン病で自宅で寝たきりになっていた奥様の介護もしていました。

S先生との2年間、私はたくさんのことを学びました。牧師でありながらも信仰を押し付けず、会話の中で必要なときだけ聖書から言葉を拾い、分かりやすく解説してくれました。

先生について書きたいことはたくさんあるのでまた別の機会にも書きたいと思うのですが、S先生と話しながら「老後」についてもよく考えさせられました。

S先生は「助けを必要としている人に手を差し伸べ、そばで寄り添うこと」を信条にしていました。元気なときはもちろん、病気になってからも沢山の人の後見人になり、PCの修理を請け負い、茶のみ友達になり、家の修理を手伝っていました。だからこそいつもいつも人が周りにいました。先生の家に行くと、冷蔵庫の中はいつも誰かが料理したおいしそうな食べ物が入っていました。2日と開けずに誰か差し入れしてしていたからです。

そんな先生を眺めつつ「自分はS先生のような老後を迎えられるだろうか?」とよく考えました。

肺がんの手術後暫くは元気にしていましたが1年後に首と腰の2か所にガンが転移してしまいました。強い痛みと戦い、鎮痛剤を手放さない日々が続きましたが、それでも「話していると痛みを忘れるから」と言って、最後の最後まで可能な限り外出し、人の世話をし、知人を家に招いていました。私の両親の具合が急に悪くなり日本への一時帰国が増えると、先生自身も具合が十二分に悪いのに、いつもいつも私の両親の具合を心配してくれていました。

先生は自分で車の運転ができなくなると、いろんな人に送迎や買い物を割と気楽に頼んでいました。どうしてものときはタクシーを利用していたようですが、教会や集会の送迎は、まずは仲間内に「誰か迎えにきてくれませんか?」とメールしてきました。その辺のことを先生が遠慮したり申し訳なさそうにしている様子はなく、皆も先生のためにそのぐらいのことはやりたいと思っていたので、それは「なんでもない日常のひとこま」でした。でもこれは簡単そうに見えて、実は難しいことです。「これって図々しいんじゃないか?」「迷惑なんじゃないか?」「申し訳なくてできない」と考えてしまうと、人に何か頼むのは、人に何かをやってあげることより難しいことになってしまいます。

私の両親は「人に迷惑をかけたくない」という気持ちがとても強く、人に何かを頼むことが得意ではありません。少しずつ出来ないことが増えていく日々の中で、向かいのご一家にだけは助けを求められるようになりました。でも…遠くにいる私としては、もっといろんな人に心を開いてネットワークを広げてほしい、いつでも助けを頼める誰かが何人も両親の周りにいてくれたら安心なのに…と思うのですが、「申し訳ない」が先に立ち、「誰かに何かを頼む」ことに抵抗があるようです。長く生きてきた両親の性格をそう簡単に変えることはできないので、これはなかなか難しい問題です。

できるときには人を助け、そしてできないときは人に甘え、頼み、「ありがとう」と言うこと。それを人々の中で「回していく」ような人間関係を、先生は長いロンドン生活で築いた上で老後を迎えたのです。これって…なかなかできることではありません。

最期まで元気に振る舞い、頑張っていたS先生。そんな先生が寝たきりになったのは今年6月のことです。そのとき私は母の肺がんの手術のために一時帰国中でした。知らせを聞き「間に合わないかもしれない」と思ったものの、先生は私がロンドンに戻るのを待っていてくれました。

ロンドンに戻った翌日に先生の家に行くと、第一声が「お母さんの具合はどう?」だったので、泣き笑いしてしまいました。こんなになっても、まだ人の心配しているんだ…先生。

寝たきりになってからはアメリカに暮らす息子さん2人が交互に帰国して、先生と奥様の看病と身の回りのことを献身的にされていました。なので先生は最期まで入院せず、ターミナルケアを自宅で受けていました。毎日液体のモルヒネを飲んでいましたが「おとそみたいで美味しい」と言って、笑っていました。最後の最期まで来客は絶えず、話し始めるとなかなか席を立てずに困ったぐらいです。

先生は9月のある日、静かに永眠されました。享年86歳。知らせを聞いて駆けつけると、クークー昼寝しているみたいな顔でした。1時間ぐらいしたら「ああよく寝た」と言って起きてこないかな?と思ったのですが、起きてきませんでした。

お葬式はごく内輪だけの家族葬でしたが、追悼礼拝(写真)は公にしたので200人ぐらいの人が集まりました。大きな教会の礼拝堂の席もプログラムも足りなくなるぐらいでした。

パーキンソン病の奥様は葬儀後介護ケアホームに入居されましたが、先生(そして息子さん)は奥様が寂しくならないよう、みんなが年中お見舞いに行けるような道筋もしっかり残していきました。

==

先生は最期の3カ月まで夫婦2人で暮らしていました。

私の両親も2人暮らし。

私と旦那のヒトには子供がいないので、下の世代の親族に頼るというオプションは最初からありません。そしてどちらかが先に逝き、必ず(どちらかが)1人になる日がやってきます。

誰にでも老後はやってきます。そんな私たちが笑って老後を楽しみにできるような人間関係を、これからどう築いていったらいいのか? 先生は大きなヒントをくれた気がしています。

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