© matka All rights reserved.

20207/25

【本のはなし】怪談話よりもゾッとする。すぐそこにいる“誰か”の意外な秘密――『古本奇譚』(出久根達郎)

苦めのコーヒーに似合う、味わい深い本を紹介しています。

うわさ話というのは、楽しいものである。

「うわさ話も悪口も一切言わない」的な素晴らしい人にたま~に会ったりするが、私は絶対にそんな人格者にはなれない。だからなろうとしてないが、「せめて人を傷つけずに生きていきたいなあ」と思うぐらいの低めのモラルで生きている。

目標レベルが低すぎですね。すいません( ;∀;)

うわさ話にもいろいろあって、中でも「意外な一面」についてのうわさが1番面白い。というか、意外な話じゃなければ、うわさ話は全然面白くない。

どう見たって強面のお隣さんが、「昔はまあまあ不良としてならしていた」と聞いても、全然意外じゃないので「そっか」と思うだけだ。

しかし、地味だけど人当たりが良くて、近所の人に好かれている花屋に勤める可愛らしいバイトちゃんが、実はヤクザの親分だった!となると、あまりに意外で「ぎゃ~~」っと思わず叫ぶだろうし、「地味」→「親分」までの行間を何とか埋めたくてあれこれ聞きたくなるというものだ。

まあこれは極端な例だが、人って誰しも「意外な一面」を持っているものだと思う。

家族にさえ明かせない、心の奥深~く深~~くに畳み込むようにしまった秘密。一生明かすことなく生き切れたら良いけれど、どこかでバレてしまったら本人的には窮地に陥る…みたいな秘密。

その秘密がどこかじとっとした陰湿さを帯びていて、なおかつ表の顔からはまったく想像できないような内容である場合、ゾッとするような話になりかわる。

猟奇的殺人の犯人が「近所で評判のよい温厚な人だった」的ニュースをたまに目にするが、別に犯罪でなくても「表の顔」と「裏の顔」の乖離が激しい場合や、「意外な」部分の内容が奇怪であればあるほど「背筋がゾッとする」感が高まるものだ。

===

作家・出久根達郎さんのデビュー作であるエッセイ中『古本奇譚』(1985年刊)は愛読書の1つ。数年に1度、読み返している。

古本綺譚 (1985年)

↑出久根達郎氏。

出久根さんは長年小さな古本屋さんを営んでおり (現在は閉店) 、営業用?に手書きの古書目録「書宴」を編んでいた。この本に収められた作品のほとんどの初出は「書宴」である。

出久根さんのデビューのきっかけは知らない。しかし「書宴」を手に取っていた本好き・古本好き・古本業者の人たちが、いつしか本来の主役である目録よりも出久根さんのエッセイのページから読むようになったのでは? そんなことを想像する、独特の文体が味わい深い作品集(全17作)である。

1作品を除いて短い作品だが、どれもこれも「これって、ホントの話なの?」と首を傾げる話ばかりだ。偶然が生んだ摩訶不思議な話から、背筋がすぅ~っと寒くなるようなちょっと怖い話まで、全部どこか奇怪なのである。

どの作品も好きなのだが、特に好きな作品が2つある。

■『お詫びのしるし』 (『書宴』昭和60年3月号、5月号、7月号に掲載)

出久根さんが番頭をしていた店の常連だったSさんは、店の外に並べられた「10円均一」の本を全部根こそぎ購入していく奇妙な客だった。出久根さんが独立した高円寺の店にも偶然立ち寄り、来るたびに均一本を“全部”買っていく。

物凄く大量の本を、選ばず全部買っていくこの客の“秘密”を、後に出久根さんが知ることになる、という話だ。

大量の本を買えば、部屋の中はすぐに本でいっぱいになる。それを繰り返したらどうなるか? 

小さなアパートに布団を敷くこともできないぐらいびっちりと本棚が並び、その奥でうずくまるように本を読む“誰か”。そんな図を想像するだけで肝が冷える。文章の合間から、独特の気味悪さがふぅっと漂う作品だ。

■『番号のむこう』(『書宴』昭和58年4月号 、6月号に掲載)

出久根さんの店に間違い電話が2度掛かってきた。出久根さんとは無関係の名前「XXさんですか?」と同じことを言う。どこかで聞き覚えがある声だ。やっとのことで思い出したその声の主は、2年前に亡くなった、古本雑誌を集めてくるクズ屋さんだ。しかし亡くなっているのだから、本人のわけがない。

…とはじまる話だが、このクズ屋さんと付き合ううちに、出久根さんはクズ屋さんの“ものすごく意外な一面”を少しずつ発見するようになる。ドイツ語やロシア語が読めることも分かった。そして最後に、ドカンと1発、考えもつかなかった“意外な一面”を見せてくれるのだ。

===

すべて「古本」を通して描かれる人間模様。古本は以前は誰かのもので、それが誰かの手によって売られ、また誰かの手に届く。手に取り読んだ歴代の人たちの想いやぬくもりを、しっかり封じ込めて次の持ち主に移っていく。そんな古書を通して描かれる物語は、良い意味での気味悪さと、計算や理論では語れない人情も醸し出す。

割と近くにいるあの人にもこの人にも、誰にも言えない秘密があり、驚くような意外な過去を背負っているのかもしれない。読んでいると、そんな静かな恐怖感が忍び寄り、下手な怪談話よりゾッとする。

レトロな喫茶店で、深入りコーヒーを飲みながら読むのにぴったりの珠玉の1冊だ。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

20211/20

【写真交換日記232】from London「年末年始ふりかえり」

この間クリスマスがやってきて、つい先日大晦日になり、そして一昨日ぐらいにお正月だったはずなのですが、恐ろしいことにもう1月も後半。このまま…

【podcast91】イギリス発・最近視聴したおススメ2本(ドキュメンタリー&ドラマ)『The Mole: Infiltrating North Korea(モグラ:北朝鮮への潜入取材)』『ザ・サーペント(毒蛇)』

こんにちは。ロンドン在住のフローレンス22世です。 地球の反対側に暮らす ロンドン在住の「フローレンス22世」と東京在住「豊里耳(と…

20211/16

【今日の云々:カルチャー日記 in London】2021年1月11~14日:罪悪感なし人生ってどんなだろ?BBCドラマ『The Serpent(毒蛇)』、TBSラジオ『セッション』(成人の日・新聞社説読み比べ)にブヒブヒ笑う

シリアルキラー、シャルル・ソブラジについてこのドラマを見るまで全く知らなかったのですが、オサレな作りが目に楽しく、ソブラジの手軽に殺人していく奇妙さに眉を顰めつつで最後まで興味深く見切りました。

20211/15

【前のめりでスキップ(ロックダウン・ロンドン日報)】2021年1月15日(金):「断らなくてもいいのに」

夫のヒトは昨年3月から1度も出社せず在宅勤務。別の部屋で仕事をしているので、夜仕事が終わるまではあまり顔も合わせません。

タイプライター

20211/14

コロナ禍だからこそのヒット要因?アニメ映画『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』と『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の斜め評(ネタバレなし)

コロナ禍の年末の映画館、2作品とも公開からだいぶ経っているというのに、密を避ける1席空けではなくなった劇場の席はほぼ満席に近い状況だった。…

ページ上部へ戻る