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燃ゆる女の肖像

20212/14

映画「燃ゆる女の肖像」を目に焼きつける

このレビューはネタバレなしですが、ラストにつながるキーワードを含んでいる為、事前情報を入れずに観たい方は、観賞後に読んでいただけたらと思います。

4.5 out of 5.0 stars

18世紀フランスのブルターニュの孤島を舞台に、望まぬ結婚を控える貴族の娘と、彼女の肖像画を描くためにやってきた女性画家との、恋愛映画。

まず冒頭から当時の女性へのぞんざいな扱いが容赦無く描かれる。孤島にある屋敷に向かうため、キャンバスなどの大荷物と共に、女性画家であるマリアンヌは大揺れする小舟(マリアンヌ以外の乗客は男)に乗って移動する。あまりの揺れに荷物が海に放り出されても、誰も助けるどころか、荷物を取りに海に飛び込んだマリアンヌに対し気遣うことさえしないのだ。

ずぶ濡れのまま、案内人もいないまま重い荷物を持って屋敷を訪れるマリアンヌ。そんなマリアンヌを優しく迎い入れる侍女のソフィ。娘には画家であることを告げず、散歩仲間として接しつつ隠れて肖像画を描いて欲しいと頼む伯爵夫人。そして頑なに肖像画を描かれることを拒んでいる娘エロイーズ。登場人物はほぼこの4人だ。そう、男性が登場しない。それにはちゃんと意味があるように思った。途中は伯爵夫人も居ないため、3人の女性だけのひと時が非常に生き生きと描かれる。その短い日々は抑圧のない、自由でおおらかで、情熱的で、慈悲や愛しさや、哀しみのある、非常に濃密で3人が心のままに居られる、(ソフィの苦しい時もあるけれど)永遠に続いて欲しい理想の幸せの時間に感じられた。そこに、女性を対等と思わない当時の男性の威圧感は不純物でしかなく、全くもって不要なのだ。

ほぼ登場しないのは男性ばかりではない。音楽もしかり。この映画では雰囲気を盛り上げるバックミュージックは徹底的に排除されている。この映画にとって音楽は劇中で非常に重要な意味を持つため、不必要な音が削ぎ落とされているのだと思う。マリアンヌがピアノを弾き隣に座ったエロイーズが恋心を感じた時、火の光に照らされたエロイーズを見てマリアンヌの心が燃え上がる瞬間、そして絵もいわれぬラスト。わたしが見た限りだと、この三回だけバックミュージックではなく実際に劇中で音楽が奏でられている。気持ちの盛り上がりを呼び起こす引き水としての音楽、そして、娯楽の少ない当時、抑圧された女性の気持ちが解放される瞬間としての喜びの音楽。少ない音楽だからこそ、音が鳴った瞬間ひしひしと痺れるように響く。

お見合い写真としての肖像画を描かれることを拒んでいたエロイーズ。自分が物として扱われることに我慢ならなかった感情から、画家のマリアンヌとの生涯忘れえぬ恋愛をすることで生へのリアルな感情に火がともる。その様子が美しい映像で描かれる。

この映画は「絵画的な美しさ」と、映像の美しさを絶賛されているが、私は「絵画的」とはちょっと違う印象を持った。「絵画」というとソフトフォーカスが入っているような印象だが、この映画はとてもクリアではっきりとした映像なのだ。夜はろうそくの光なので、それなりにぼんやりしているが、昼はクッキリしていて、とても「生」だと感じた。それが監督の意図なのかはわからないが、私はこの映画がフィクションではあるけれど、夢物語ではなく、そこに生きている生身の人間としてリアルに描きたかったのではないか。だからこの映画の誉め言葉として、ただ「美しく絵画的」というのは少し違う感じがするのだ。輪郭のはっきりとした映像で、過去の遠いお話ではなく、現代にも続く苦しみも含め、強く生きる女性像を浮かび上がらせているようにも思う。だから私はもし、マリアンヌやエロイーズが現代に生きていたら、どのように出会って恋をして生活しただろうかと想像せずにはいられない。

そして、この映画の魅力を語る上で、いくつかのモチーフがある。一つは「視線」。マリアンヌとエロイーズの視線のやりとりがバリエーション豊かだ。バストアップのカットが多く、観客は人物の目に自然と吸い寄せられる。会話も少ないだけに、何を見て、何を感じたか、目とその視線が雄弁に感情を物語る。

二つめは「オルフェウスの神話」。劇中、3人でこの神話に対して考察するシーンがある。「本当は妻も見て欲しかったのだ」という考察。この考察によって、一つ目の「視線」にも関連することで、「見てはいけなかったのに、見てしまった」ということと「愛してはいけなかったのに、愛してしまった」という2つが交錯して、比喩としての「オルフェウスの神話」があるように感じた。

そして、先ほど触れた「音楽」と「本」。「本」はマリアンヌとエロイーズの最初の出会いの場面で現れ、愛おしい数日間が終わる間際で現れ、そしてラスト近くで大きな驚きと喜びを伴って現れる。また「音楽」も、マリアンヌが弾いたピアノからのつながりが、ラストに大きな興奮を運んでくる。「音楽」と「本」が現れ、盛り上げるラストこそが、この映画の評判を高いものにしている理由だと思う。

観た人にとっていい映画は、その後もずっと思い出せる映画だろうと思う。シーンシーンを目に焼きつけたのは、主人公のマリアンヌとエロイーズだけでなく、この映画を観た観客も同じで、多くの人にとって忘れられない映画になることだろう。

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